「刀を向けられるのは初めてかい、お嬢さん」


私の顔に怯えが走ったのを見てか、六人の中でも一際体の大きな男が、どこか笑いを含んだ声で尋ねて来た。

「こんな山ん中一人で歩いてんだ、よっぽど腕に自信があるのか…」

そして、私を上から下まで眺め、耐え兼ねたようにゲラゲラと笑いだす。今のは、どう見たって戦えるような奴じゃないとわかった上で言ったのだ。

私は、声を出すこともできずに後退る。彼らが何者かはわからないが、逃げろ、と再び本能が叫んでいた。

震える体を叱咤し、踵を返して走り出す。

「おっと!」

しかし、いくらも行かないうちに追いつかれ、ぐんっと髪の毛を引っ張られた。

「痛っ…!」

そのままの勢いで後ろに倒れ込み、首に腕を回され、がっちりと捕まえられる。

「離してっっ!離してよ…!」

頭の中はもうパニックだった。怖かった。ひたすら怖かった。化け物に襲われた時とは、また違う恐ろしさ。大人の男に追いかけられるのも、こんなふうに髪の毛を引っ張られるのも、もちろん刀を向けられるのも初めてで。元の世界では、こんなこと、絶対に有り得ない。男の腕を引っ掻いて、足をばたつかせて必死に逃れようとする。

「このっ…大人しくしやがれ」

男は叫ぶと、私の首もとに刀を突き付けた。同時にピリッと走る痛みに、ひっと息が詰まり、一気に血の気が引いていく。

(本…物…)

首を伝う生温い感触に、私は目を見開いて動けなくなった。だらり、と腕が力無く下がる。

本物の、刀。

それだけで、私が抵抗を止めるのには十分だった。

「おら、しっかり立て」

グイッと腕を引っ張られて、もつれる足で無理矢理立ち上がる。手は後ろできつく縛られ、縄の先のほうを一人がしっかりと持っていた。

あの体の大きな――おそらくこの六人のリーダーらしい男に再び髪を掴まれ、顔を上げさせられる。痛みに顔を歪める私を、ジロジロと品定めするかのように眺めた。

「…ふむ。まぁ特別美人ってわけでもねーが、まだ若い。それなりの値段で売れるだろ」

「!!」

自分でも、顔が青ざめていくのがわかった。

今、確かに男は"売れる"と言った。売られる。私は、売られてしまうのだ。

あまりに現実離れしたその話に、私はただ呆然と男を見返した。涙さえ出て来ない。全てが唐突すぎて、何も考えられなかった。

そんな私に構いもせずに、男は品定めを続ける。そして自分の掴んでいる髪を見ると、小さく眉を寄せた。

「ただ、この頭は頂けねぇな。お前、俺達の前に他の山賊にでも捕まったのか」

縄を掴んでいる男も、周りに立っていた男達も、確かに、と私を眺める。

「格好も変だしなぁ…着物はぎ取られて、髪も売られたってとこじゃねーですか」

「そんで逃げ出して来たってか?傷だらけだし」

「んでまた俺らに捕まったと。つくづくツイてねーなぁ、お前。同情するぜ」

まったくそうは思えない声色で、再びゲラゲラと笑い出す。質問しておきながら返事も求めない男達は、きっと私が何故こんな格好かなど、本当はどうでもいいのだろう。

「多少値は下がるが仕方ねぇな。ま、髪はまた伸びるし着物なんてどうにでもなるだろ」

男は髪から手を離すと、行くぞ、と林の中に入って行った。














険しい山の中を、半ば引きずられるようにしながら歩き続ける。ここに来てから飲まず食わずで歩きっぱなしの体は、体力的にも精神的にもいっぱいいっぱいだった。しかし、山賊達は決して休ませてはくれない。私が時折足を滑らせ倒れ込んでも、縄を掴んでいる男にすかさず悪態を吐きながら引きずり起こされてしまう。私は縛られているせいで手を付くこともできず、転ぶ度にあちこちに傷が増え、それを見た男がさらに悪態を吐くという繰り返しだった。きっと売り物に傷が増えると困るんだろう、なんてどこかぼんやりした頭で思った。

背中を押され、私はおぼつかない足を無理矢理動かす。

(……でも、歩き続けていたほうがいいのかもしれない)

私を囲むようにして歩く男達が、時々チラチラと向けて来る、飢えたような視線。残念ながら、その意味がわからないほど私は子供ではなかった。一番前を歩くリーダー格の男が、そんな視線に気付く度にそいつは売り物だと言い聞かせて押さえてはいるけれど、私は体の震えを止められなかった。こんな人気のない山の中で、彼らと一緒に休むことになったらどうなるかわからない。

「…日が暮れるな」

ふと、縄を掴んでいる男が空を見上げて呟いた。つられて見上げた空は、木々で覆われ僅かしか見えないものの、微かに赤くに染まっているのが見える。

すると何故か、山賊達はそろってそわそわとし始めた。みな自然と足が早まり、しきりに腰に挿した刀の柄を撫でている。

ずっと怖くて黙っていた私も、さすがにその様子は気になった。

「あの…日が暮れると、何かあるんですか」

悪態を吐かれる覚悟で恐る恐る尋ねると、よほど余裕がないのか、縄を掴む男は山を見渡しながら普通に答えてくれた。

「何ってお前、決まってんだろ。夜になると山ん中には妖が出てくんだよ」

「アヤカシ…?」

「ああ、化け物だ」

化け物――あの黒い手を思い出して、思わず固まる。やっぱり、この世界にはあんなのが普通にいるんだ。

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あきゅろす。
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