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抑えきれぬ、恋心?







「お待たせしました」


「ずいぶん遅かったですね」


「あー、ちょっと色々…………」


「?それじゃあ拝見させていたきまーす」




スクアーロをそのまま部屋に置き、一旦篠木のいるリビングに戻るハルヒ。この時点でハルヒの頬は、げっそりと削げているような気がした。いくらスクアーロをからかって幾分か気分を紛らわしたとしても、根本的な原因(篠木)が帰ってくれないことには肩の荷も降りてはくれない。
ああ。早く目を通して帰ってくれないか。




「…………」




篠木はさっきと一変変わった様子で私の原稿に目を通す。さっきまでのおちゃらけた様子はない。真剣そのものだ。
篠木は仕事に関しては手を抜かない。それはハルヒも知っていた。だからか、自分の書いたものを目の前で読まれることは、原稿であろうと本であろうと何年経っても慣れないハルヒだったが、この人の前では自然と肩に力を入れずに居られた。




「…………p14のここ、ちょっと文面おかしくなってます」


「ここはもっと美樹の気持ちに力を入れた方が感情移入出来るんじゃないんですか?」


「…………あ、ここ面白いですね」




次々と訂正を入れていく篠木。私は手元の原稿のコピーに赤でそれを付け加えていった。
私をここまで作家として成長させてくれた篠木。編集者としての力量を社内でも評価されている彼は、私も心の中では感謝していた。
それに何だかんだ言っても、全面的に信頼もしたりしている。




「…………ふうん、今回の家族はこうきましたか」


「あれ?ダメ、でした?」


「いえ。物語的には全然いけると思います」





ただ個人的にちょっと気になって…………。
篠木はそう言うと、少し考え込んだ。




「な、何?駄目だったら言って下さい。気になる…………」




篠木のそんな考え込む姿、早々見る機会はない。ハルヒは不安に刈られてとにかく篠木に詰め寄った。




「えっとですねー…………この『美樹は亮太にそのまましがみついて、静かに声を圧し殺して泣いた。でも時間が経つにつれ、その泣き方では我慢が利かなくなっていった。亮太が自分の背を軽く叩くのを合図にするかのように声をあげ、まるで赤ん坊の頃に戻ったように泣いてしまった』のとこなんですけど」


「…………な、なに」




ハルヒは思いがけないところを突かれ、肩をピクッとさせた。




「あと『亮太の腕の中は、想像していたものよりもかなり固く逞しかった。普段こんなにも近づいたことはないだけに、驚きは大きかった』とか。…………これって美樹の家のゴタゴタで美樹が泣いてるところを、亮太が美樹を抱いて慰めているところですよね?」


「え、ええ」


「…………もしかして、実話だったりs「するわけないでしょ!」…………なーんだ」


「何言ってんですか、もう!」


「ちょっと思っただけじゃないですかー」




ぶーっと口を尖らせる篠木。ハルヒは思いっきり首を横に振って否定した。
…………これは事実だった。私がこの前の体験を元に書いた。あの時のことを。





「嫌だろうがなんだろうが知ったこっちゃねえ…………泣けぇ」


「一人で抱え込むなぁ…………少なくとも今は、俺がいる」





確か無理矢理スクアーロの腕の中に引っ張りこまれて、そう言われた。無理に離れようとしたけれど、それ以上にスクアーロの私を抑え込む力は強くて…………自分の額が、スクアーロの堅い胸板に当たって、それがとてつもないほど恥ずかしくて。
頭の中で整理のつかない私は、いつの間にかその事を原稿に書いていた。調度話のタイミングがよかったこともある。いつも実談をそのまま書かない私がまるごとそのまま。
そうすれば、まるで私が物語の中に入り込んでいるような気がして、自然と落ち着いていったのだ。




「いやー、いつにも増して心情がめちゃくちゃリアルなんですもん」


「そ…………それは光栄デス」


「…………本当に実話だったりしないんですか?」


「しない!止めてくださいよ、恥ずかしい」


「ああ、すいません」




突っぱねるように私がそう言うと、流石にからかいすぎたと思ったのか、篠木はあっさりと引いていった。フィクションを現実に置き換えて、ましてやそれが恋愛ものだったり暗いものだったりするのを作者に置き換えるのは良くないと篠木も知っている。
よかった。これ以上はきっと、私の心臓が持たない。




「でも…………」


「?」


「梓川さんに春が来たら、真っ先に教えてくださいね!力になりますから!」


「くどい!!」


「あたっ」




目を光らせて私に問い詰めるウザさに、思わず私は手短にあった例のハリセンを今までにない速さで掴み、そして腕を振るった。ハリセンは見事に役目を果たしてくれて、良い音と共に篠木の悲鳴をあげさせてくれる。何だかんだで需要が延びているハリセンだ。




「あー、それ使ってくれてるんですね!」


「そうデスね、こんなとき便利ですから。…………なんならもっと使って見せましょうか?」


「い、いえ…………結構デス」





私が笑顔でそう呟くと、篠木は引きつった素敵な笑みを私に向かって浮かべなさってくれた。











抑えきれぬ、心?


(こんなことで動揺してて、このまま一緒に住み続けることなんて出来るのかしら?)
(梓川さーん!そう言えばビックニュースでーす!!!)
(…………え?)
(…………まだ終わらねぇのかぁ)

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あきゅろす。
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