鮫の淡い恋(スケベ?)心
スクアーロが来てから、私の家にはいくつか決まりができた。秋月家六ヶ条も然り。私が洗面所を出るまでスクアーロが入らないことも然り。そしてその中には、互いが暮らす上で、気まずくならないよう配慮しているものもある。そう、洗濯物関係だ。
互いに、特に私の女性物は目につかないようにしていた。洗濯機に放り込まないで、自分で取っておくのだ。それが少し溜まれば自分で洗い、そして自分の部屋で部屋干しする。残りは全てスクアーロ担当となっていた。男女で住む上の当然の処理だと思う。
勿論今日も、それに従っていた。最悪なことに、洗濯をしたのはつい昨日だ。バッチリと私の下着が部屋の隅に掛けている。
「あ…………篠木さん。ちょっと原稿探すのに時間かかるかもだけど、待ってて………」
「あ、はーい」
ちゃんと篠木に断りをいれる。たった数歩の距離なのに、その距離でさえもどかしい。
ハルヒは急いで扉を開けると、中が篠木に見えぬよう急いで音を立てて閉めた。
「ビクッ!」
「スクアーロ、あんたもしかして………!」
「お、俺は何も知らねえぞぉ!」
「や、やっぱり…………」
部屋の中央には、勿論スクアーロがいた。そして、スクアーロの見せる挙動不審は、物凄く分かりやすい。正確に洗濯物から正反対の所に背を向けて座っていたのだ。
目が泳いでいるから見た事は確実で。
「最悪…………」
ハルヒはその場に座り込んだ。
「ちょっ…………ハルヒ!座り込む前にさっさと片付けろぉ!俺の目の置き場に困るだろうが!」
「知らないわよ!大の男に見られた私の気持ちも察しろっての…………あーもう、なんかどうでもよくなってきた。どうせもう見られたのは戻せないんだし」
「開き直るなぁ!!」
「何でスクアーロがそんなに慌ててんの?………あ、悪かったわね。見苦しくて」
「そういう問題じゃねぇ!」
「じゃあどういう問題よ」
「!」
「男からしたら例え私のでもラッキー、程度じゃないの?」
うわー、変態ー。ハルヒは棒読みでそんな言葉を吐いた。棒読みなのでからかい半分、やけくそ半分なのだろうが、こちらとしてはこんな状況でそんなブラックジョーク、笑えない訳で。
「そ、そうじゃなくて…………」
「だからどういう訳よ」
半分呆れながら洗濯物をたとみだすハルヒ。ハルヒ自身、今スクアーロに背を向けているのでわからない。…………今、スクアーロの顔は、いつになく上気していた。
惚れた女の下着を見せられる、こっちの身にもなれ!!!………何て、言うこともできる訳がない。そんな簡単に暴露する気もない。
…………ん?自分はこの事を暴露する気はあるのだろうか?
「…………あ゙」
「?だから何」
「な、何でもねえから、さっさと仕舞え」
「?」
考えてみれば自分、この初恋をどうするつもりなのだろうか。スクアーロは横目でちらっと見たハルヒの後頭部を見ながらそう思った。
自分はチマチマやって距離を縮めていくことができるほど、気は長くは無い。だからといって、この距離感で、居候の身でぶっちゃけるのもどうかと思う。ふられたときの事を考えると、どこまでも気は沈んでいく。
…………いや、その前に自分はこの世界の人間ではないのだ。いつ戻るかも分からないのに(と、思っている。)何かの手違いがあって思いが通じたとして、その後はどうする?戻れる保証もないのだ。
……いやいや、一番の問題はそこではない。
「…………」
こんな風に頭を使ってうじうじと悩むのは、自分の性にあわない。スクアーロは頭に浮かんだ事を振り払うように、自分の頭をガシガシと掻き回した。
こんな時、いくら考えても答えが出てこないことは自分が一番分かっていた。分かっていたが…………やはり完全に振り払うことなんて出来なかった。
「あーあ、なんか今日は厄日だわ…………」
「…………」
こいつ(ハルヒ)は自分のこと、なんだと思っているのか。
考えれば考えるほど思考がこんがらがっていく。成る程、泥沼にはまるとはこういうことを言うのか。日本人はいい例えを産み出したものだ。確かに泥沼にはまってしまえば抜け出せそうもない。…………まるで今の自分のように。
ハルヒはそんなスクアーロの考えを知ってか知らずか(いや、確実に知らない)気楽な声で、でもちょっと疲れをためたような声で、スクアーロに問いかけた。
「あれ、下着一つ足りない…………スクアーロ、まさかあんた取った?」
「っな!?な訳…………っ」
「あ、あったわ」
「!!?」
「あは、慌ててやんの」
「…………」
絶対こいつは自分を弄んでいる。
アハハ、と棒読みで笑いながら片すハルヒを、今はどうしても一発、殴り飛ばしたい気がした。
もういっそ、このもて余す感情をぶちまけて、ハルヒの慌てる顔でも拝ませてみようか。
半ばそんな気まで起きてしまった。
鮫の淡い恋(スケベ?)心
(驚き慌てるハルヒを見る)
(いつも冷静沈着なあいつが、そんな表情を見せるのもいいと思ってしまう時点で)
(…………もう末期だ)
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