鮫の噂話に注意報
「ったく、あのバカ鮫…………どこ彷徨いてんのよ」
時刻は正午。…………を、二周ぐらい回った頃。いくら散歩と言っても、顔を見られてはヤバイ立場にいるスクアーロの帰宅の遅さに、いい加減苛立ちが募っていた。
何をやっているのか。
苛立ちも時間が経てば焦燥に変わり、正体がバレたんじゃないかとか、警察に捕まるようなことをしでかしてくれているんじゃないかとか、色々と頭に過る。それは家中を歩き回っても変わらない。…………もはや気まずいとか言っている場合ではなかった。
ハルヒはいてもたってもいれずに、焦る気持ちを抑え自宅のドアを開けた。
「あらぁ、ハルヒちゃんじゃない。お久しぶりね」
「あ…………登美さん」
ドアを開けたその目の前には。私が勢いよく開けたせいで目を大きく開け、驚いている隣のおばさんがいた。
「こ、こんにちは。お久しぶりです」
「ほんとねえ!しばらくハルヒちゃんに会えなかったから、色々と話したいことが溜まってたのよぉ!」
「は、はあ」
通称登美さん。お喋りと噂が大好きなことで名が通っている、所謂典型的な隣のおばさんだ。私はそこまでこの人の事を好きにはなれないが、一応近所付き合いのこともあってそれなりの態度で接している。それが登美さんにとっては吉とでたらしい。私と会ってしまったらこちらが切り出すまで永遠とお喋りを続けてくる。
ぶっちゃけ迷惑なおば様だ。
「そう言えばハルヒちゃん、噂聞いた?物騒よねえ」
「…………え?」
「あら、知らない?最近近所でね…………」
「は…………?」
「結構有名なんだけど。駄目よぉ、気を付けなきゃ。ハルヒちゃん美人さんなんだから。狙われるわよ〜」
「は、はは…………それは物騒ですね」
ただえさえ無理矢理作っている笑顔がひきつる。頬筋が酷使され過ぎて吊りそうだ。
「あ、そういえばね。この前…………」
「へ、へえ…………」
「それであんなことになっちゃってねえ!」
「はは…………」
登美さんは話題を変えると、いつものように無駄話を繰り出し始める。その話のストックと詳細の貯蔵量は、しばらく会わなかったことで想像のできない物となっているらしい。他人に話すだけに、こんなに出来事を記憶していると言うならば、この人に記憶障害やアルツハイマーと言ったものは、生涯無縁のものとなるだろう。
当面の捌け口となっているハルヒは、表面でそんな話を聞き流すと同時に、心の奥では不安の渦が渦巻いていた。その渦は時間が経つ毎に大きくなっていく。
ヤバイ、ヤバイよスクアーロ。
もし、近所にバレたら…………いや、当面の危機はそちらではない。問題は
『今、スクアーロが帰ってきて、私達と顔を会わせること』
そうなればもうアウトだ。
「すいません、登美さん…………私、ちょっと用事があるので」
「あら、そお?じゃあ引き留めちゃ悪いわね。彼氏とデート?」
「そんなことする相手いませんって」
私は普段はしないような話の切り方で、この長い話の終焉を向かえさせる。ここにいるのは危険だ。一刻も早くここを離れなければ。
さっきまではあんなに早く帰ってこいと思っていたスクアーロも、今は絶対に帰ってきてほしくない。て言うか帰ってくんなカス鮫。
私は急いで登美さんに別れを告げると、一目散に自分の部屋へ逃げ込んだ。あとはスクアーロが誰からも見られないように帰ってくるのを祈るのみ。
今回ばかりはあの、達人をも越えるヴァリアークオリティーにかけるしかないと、そう思った。
*****
ガチャ…………。
そわそわと家の中を回り、スクアーロの帰宅を一刻も早くと願っていたハルヒ。
ドアの開く音は、救いの音に聞こえた。
「帰ったぞぉ」
「帰ったぞぉ、じゃないわよ、カス鮫!遅すぎ!ばか!!」
帰ってきたばかりのスクアーロに、いきなり駆け付け怒鳴り散らかすハルヒ。怒鳴り散らかされた立場に立つことになってしまったスクアーロと言えば、開口一番怒声を浴びせる意味が分からずに玄関に立ちすくんだ。…………あれか。自分が気を使って遅く帰ってきたのが裏目に出たのか。
「どうかしたのかぁ?」
恐る恐る、ハルヒを刺激せぬよう尋ねてみる。返ってきたのは気を使った意味もない遠慮のない怒声だった。
「どうしたもこうしたも…………大変なのよ!近所で白髪の長髪の外人が彷徨き回ってるって噂がたってる!」
「白髪じゃねえ!銀髪だぁ!!」
「そっちじゃない!とにかくしばらく外出禁止!」
分かった!?
怒るという感情を既に通り越して、半分泣きそうになっているハルヒ。そんな風に訴えられればスクアーロも、コクコクと頷く事しかできなかった。
鮫の噂話に注意報
(噂元がうちだなんて、絶対に言えない!)
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