鮫のとある一日
早朝。日がまだ登りいっていなくて、朝というには早い時間帯。スクアーロはいつも以上に目が早く覚め、暇をもて余していた。
「…………七時かぁ」
任務も何も入っていないというのに目が覚めてしまうのも、起きる度に元の自分の世界に戻れていないか周りを見渡すようにしてしまうのも、もはや癖となって取れないものらしい。スクアーロはこんな平和ボケで埋め尽くされた日常に身を浸していながらも、そんな癖が取れない自分に苦笑し、心のどこかでホッとした。
…………最近、目覚める度に、景色が前の晩と変わっていない事に肩を落としていたのが、安堵に変わっている。そんな自分の心の変化に、スクアーロはやっと昨日要因を見出だした。
「う"おぉい…………ハルヒはまだ、起きてねえな」
自分がベットに寝かせたハルヒ。あんだけ泣いて目を擦ったのだから、次の日が凄かろうと、冷やしたタオルを目に乗せてやった。そのお陰か今の顔もそんなに…………予想よりは酷くない。
ハルヒを今、起こす気はない。あんだけ溜まったことを一気に吐き出した次の日ぐらい、寝かせてやりたいと思う。仕事のほうも締め切りはまだみたいだし、大丈夫だろう。寧ろ心配なのは起きたときのハルヒだ。
「…………色んな意味で荒れそうだなぁ」
日頃のハルヒは。
アイツは、色々と溜め込む質だ。他人に頼る、そんなことをしない。…………いや、思い付かないのだろう。今まであの事を一人溜め込んできたくらいだから。
だから、全てを曝け出した後はどう感じるのだろうかと心配になる。直後は泣き寝入りしたから気付かなかっただろうが…………
「時間、やるかぁ…………」
ハルヒに、頭の中を整理する時間を。…………そして、自分にも。
「…………この年になって、惚れた腫れたの話の一つもなかったとは…………少し、情けねぇなぁ」
思わず自分の中に芽生えた感情に自嘲する。
今まで自分に付きまとってきたのは、血。人の死。剣と強さへの執念。そして、ボスであるザンザスへの忠誠心。勿論女との付き合いはゼロではない。………が、それは向こうから来れば拒みはせず、離れていくのも引き留めはしないという希薄な関係だった。自分にとって女は二の次………いや、それ以上の存在だった、のに。………何でこの女なんだ。
何で自分の世界の女じゃない。
何でハルヒなんだ。
何で…………
初めて人を好きに、愛しいと思えるようになったと言うのに。
「…………ふん」
スクアーロは一つ息を整えると、簡単に自分の分と彼女の分の食事を作りだした。ラップをかけて、いつでも食べれる状態にしておく。そして、要らない紙の裏を使って拙い字でメッセージを残しておく。それをハルヒの目につく様分かりやすい所に置いておいた。
簡単に身支度を終えると、スクアーロは気持ちばかりと言わんばかりの帽子。それからサングラスを手に持った。それらの品も、ハルヒからの配給品だ。
スクアーロはそれらを見て、更に自分を卑下するような自嘲する笑みを浮かべる。
「考えたら今の俺…………ヒモ同然じゃねえかぁ」
「異世界へトリップ」という、そこら辺に転がっている男達とは違って特別な理由があるとはいえ、今のスクアーロの衣食住を養っているのは間違いなくハルヒ。ハルヒの仕事柄、普段から家にいてその事があまり実感が湧かないとは言え、それは事実だ。
自分の世界に帰ったら、金は余るほどある。が、それが今使えないのなら意味はないし、金銭の事をグチグチと言ってもどうしようもない。
スクアーロは自分の今、身に纏っているものを見て、どうしようもなく笑った。
「…………だって関わりたくないんだもの(ボソッ)」
最初、自分との関わりたくはないという意思を、自分にもわかるほど分かりやすく顔に出していたハルヒ。なのに今はこんなにも世話を焼いてくれる。養ってくれる。そんなハルヒは、そこら辺にいる適当な男よりよっぽど男らしい。
…………これじゃ女と男の立場が逆だ。
「取り敢えず…………職でも探すかぁ?」
自分で自立できるくらいの金は。
…………しかし、ここで安定した職を手にいれるようなことになったらと考えてみると、それはそれで恐ろしい。もし、自分がそんなことになって衣食住を自分で出来るようになれば…………それはまるで、こちらでの定住を考えるようで。もしかしてそうなってしまえば、もう帰れなくなってしまったりしてしまうかも…………。
「…………っクソ」
こう何日も開けているとヴァリアーが心配だ。だが、そう簡単にも帰りたくはない。
…………自分が女々しい考えに陥っていることに気が付いたスクアーロは、纏まった髪をぐしゃぐしゃに掻き回した。
「めんどくせぇ…………取り敢えず、職だぁ」
自分の頭の中で纏まらない考えを余計に拗らせながらスクアーロは、結局目の先の問題しか目を向けないことにした。
…………そう。目の前の事だけ。
鮫のとある一日
(あいつと離れたくはねぇ)
(そう簡単言えるほど、俺は子供じゃねぇ)
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