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あやめも知らぬ恋心






…………次に目が覚めた時。
その時にはもう、自分の思っていた日付とは違う日になっていた。どうやら自分はあのまま泣き寝入りして、一晩明かしてしまったらしい。ハルヒはしまったと、くしゃくしゃに乱れた髪を、更に掻き回した。

最初に目に入った景色は天井。いつも見慣れた朝の天井だ。私の体には几帳面なことに、布団が首元までしっかり掛けられていた。
…………誰がなんて、考えなくとも分かる。




「…………」




私は重い体を支え起こすと、まずどこよりも先に洗面所に向かった。洗面所にある大きな鏡に向き合うと、そこには予想通り酷い頭をした女が一人。…………が、予想していたよりは腫れていない目。
不思議に思った私がベットに寄ると、少し湿ったタオルが枕元に畳んであった形跡を残して乗っていた。

もしかして、こんなことにまで気を使ったのか、あいつは。




「!…………スク、アーロ…………?」




シ…………ン。
響く静寂が、耳に突き刺さる。私はその時になって初めて、スクアーロの気配が部屋にな
いことに気づいた。

掛けてある時計に目をやると、短い針は既に10を回っている。今日は平日なので普通の会社勤めの人物なら慌て出すところだが、生憎作家に「寝坊」や「遅刻」と言う言葉は存在しない。締切と言う名の地獄さえ守ればなんとも言われない職業だ。私は普段から締切だけは守るように心がけているので、催促の電話も滅多に来ることがない。




「スクアーロ…………」




もう一度確かめるように名を呟くが返事はない。ただ、静寂で返されるだけ。

…………帰ったり、してないよね?

ポン、と頭に浮かんだことを口にしただけ。ただそれだけなのに、急に今までに無いような不安に襲われた。
スクアーロの持ち物である剣もまだ部屋の片隅においてあるし、大丈夫。そう思っていても、心は晴れない。ただ出掛けているだけならそれでいいが…………。




「…………!」




そうだ、何か書き置きぐらい。
あのスクアーロのことだ。きっとただ出掛けただけなら、何か書き置きぐらい置いているはず。そう思ったハルヒは、急いで目線を至るところに張らせた。そしてそれは、すぐに見つけられるテーブルの上に置かれていた。




「散歩にいってくる。昼までには戻る。起きたなら、テーブルの上の朝食でも食っとけ」

「なんだ、散歩か…………」




慣れない日本語で書かれた手紙。書き慣れていないのか、字は小学生といい勝負だ。そんな手紙は、手紙が指している朝食と思われるパンの皿の横に置いてあった。




「…………あいつ、絶対にあんまり外に出たらいけないってこと忘れてるよね」




ただの散歩。その事が分かり、ハルヒの体からゆっくりと力が抜けていった。………我ながら、情けない。




「あいつがいつか帰るって………分かってるっての」




ハルヒはスクアーロが用意してくれた朝食に手を伸ばすこともせず、テレビの前の小さなソファーに身を投げ出すように腰を下ろした。ソファーのバネは勢いよく放り出した私の身を、きちんと受け止めてくれた。




「はあ…………」




何処からか漏れでる溜め息。ハルヒの思考は、昨日にまで遡っていった。

…………初めてだった。あんな本心を誰かにぶつけ散らしたのは。

勿論、小説の中には本心を交えているところもあるし、スクアーロの言った家族のことも否定しない。でもあれはあくまで物語として、練り込んだもの。私の記憶と全く同じものなんて一つもないし、何処かしら脚色を加えてある。だって、現実の悩みなんて大したことないから。

誰だって、悩みを抱えている。それは皆も同じ。大なり小なり人の数ほど、いや、それ以上の悩みが人と等身大にあるものだ。そう思えばこそ、そのまま小説に練り込むことが出来なかった。誰にも、相談なんて出来なかった。自分だけが弱音を吐いてられない。そう自分の自尊心が訴えていた。




「…………結構、スッキリするもんだ」




きっとスクアーロだから。いつ居なくなるか分からないスクアーロだから。きっと彼だから、言えた。少なくともハルヒはそう思っている。
…………なのに、何でだろう?
胸の奥がギュ…………と締め付けられる。そんなことが起こるのは、勿論スクアーロが頭に浮かんできたときだけ。私は子供じゃない。勿論この気持ちもなんなのかわかっている。…………分かってしまったんだ。




「あやめも知らぬ恋心…………ってね」




考えすぎかも知れないけれど、スクアーロは気を使って散歩に出てくれたんだと思う。私が言いたいことを言いたいだけ言って、挙げ句に泣きつかれて寝てしまうなんて、日頃の私からはとても想像できない。そんなのは私が許さないから。だから、そんなことをしてしまった私が気持ちを整理する時間をくれたんじゃないか。

………くそ。カス鮫の癖に。

朝に目が腫れぬよう、濡れタオルで目を冷やしてくれて。出掛ける前にも、私の分の朝食は忘れないでくれて。そして、こうやってさりげなく出掛けてくれるのも。全て、スクアーロの優しさ。
でも、やはり極めつけは昨日の事だ。極めつけはあの抱擁にやられたんだと、どこか頭の冷静な部分で考えた。あんなことができるのはイタリア人だからだろうか?それとも次元が違うから?それとも両方?




「…………スクアーロだから、かねぇ」




そう思えてしまえたのなら、もう手遅れだ。私は人知れず、ふ…………と自嘲に近い笑みを溢した。









私は次元を越えた恋の実らせ方なんて、知らない。そんな大それたこと、できない。……………これから先、その恋の実らせ方を知ることはないだろう。




想っているだけで、それでいい。










あやめも知らぬ

(あやめ(文目)は道理。つまり、「文目も知らぬ」は分別も何もない、無我夢中の事。)
(きっと私は、そんな風になってはいけないんだ)




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あきゅろす。
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