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鮫の最大級の温もりを-後編-






スクアーロは目を細めた。




「自分に素直になれない時ほどなぁ…………たまに、人間の本能と一緒に自分の気持ちも隠しちまう。戦場でもでもそうだ。やべえ時にそれを認めねえと変に意固地になったら簡単に殺られる。…………ま。引き際が肝心っつーことだな」


「私は…………」


「てめえは素直に認めねえから知らず知らず、自分を傷つけてやがる。そんなの、苦しいだけじゃねえのかぁ?認めろ、寂しいって。辛いと言ってみろぉ」


「…………あんたに何がわかるってのよ」


「分かってることもある。お前より十年近く長く生きてんだからなぁ」


「ジジイ」


「なら、十年後のお前はババアだな!」


「私はお姉さまになってやる」


「…………女王様の方が近い気がするぞぉ」




スクアーロはそう言って、今までに見たことのないような笑みを浮かべた。

何なのだ、この男は。

自分のことを悟ったようなことを言ったかと思うと、簡単にこのような軽口を叩く。…………そして、その軽口に笑いそうな自分もいる。
結局、何が言いたいのだろう。母親と仲直りしろと言うことか?母親のやったことを許せと?…………許せる筈がない。ここまで引きずってきたものを、そう簡単に手放せるような物なら、とっくに手放している。
それに誰が寂しいなんて、ましてや辛いとほざけるものか。ここまで私は涙一つ流さずやって来た。確かに大変ではあったが、そんなこと一度も思ったことなんて…………。

そう思った筈なのに。




「…………あれ…?」




自分の手の甲が濡れた。そこには、一滴の涙が乗っていた。




「な…………」




なんで。何で今泣くのだ。
自分でも訳が分からずとにかく出てくる涙を端から掬い上げる。なのに止まらなかった。掬っても掬っても次から次へと溢れ落ちる。ほぼ無我夢中で涙を掬った。だから、気付かなかった。…………スクアーロが困ったように頭を掻き回したことを。




「女に泣かれたら俺にできることなんて………これくらいしかねえじゃねえかぁ」


「!!?」




急に、体の向きを変えさせられた。せっかく顔を背けていたので泣き顔を見られずに済むと思っていたのに、これでは全く意味がない。




「や…………!」




慌てて顔を隠そうとするが、その手はスクアーロの片手によって封じられた。私の両手は、簡単に掴み取られる。自分の上の辺りで「…………細ぇ」と聞こえた気がするが、正直そんなものに構っていられなかった。
この男に泣き顔を見られるなんて最悪だ。




「やめ…………っ!?」


「大人しく借りられとけぇ」




とにかくスクアーロから離れようとすると、むしろ腕を引っ張られ、スクアーロの胸の中に飛び込んでしまった。羞恥芽が生え、すぐに押し退けようとするが、頭を押さえられて身動きができない。………スクアーロの心臓の音が、近く感じた。




「っ!?」


「嫌だろうがなんだろうが知ったこっちゃねえ。…………泣けぇ」


「だ、誰が」


「泣け」




そう言ってもがく私の背を、一定のリズムで叩き出す。まるで子供の扱いだ。
ハルヒは…………今すぐ離れたいのに、何故か体は意思と反対して、スクアーロに体を預けていた。自分でもビックリだ。
ただ…………このリズムが心地よい。それは本心から言えることだった。




「一人で抱え込むなぁ…………少なくとも今は、俺はいる」




その言葉は、自分の心の奥で凍てついていたものを少しずつ溶かしていった。




「私…………」


「…………」




ハルヒはゆっくりと目を閉じる。するとその心地はまるで夢のようだと錯覚した。…………夢ならば、何とでも言って良いのではないか。そう思えた。




「私…………」




ああ…………もうどうにでもなれ。




「家を出てくのも………母親と関わらなくしたのも自分からなのに、やっぱり自分も欲しくなるときがあるの。嘘のない、まっすぐな温もりが。自分がそれから逃げ出したのに!」


「あ"あ」


「あんな母親からなんて私は許せない。そう思うのに、自分も受けたいのよ…………なんの疑いもなく母親からの愛情を受けていたときみたいに。だけど母親のやったことは許せない…………!」


「…………」




母親の裏切りは、今でもハルヒの心の奥を蝕んでいる。それは、スクアーロが想像するよりはるかに深いところを蝕んでいた。
この子の心は、恐ろしいほどに純粋だ。純粋で、正義感があって、何処までも汚れを知らないかのようだ。だから、母親が許せない。

スクアーロは、このハルヒの純粋すぎる心を恐ろしく感じながらも、同時にいとおしくも感じ始めていた。

ハルヒの背を叩くリズムは変わらない。ハルヒは最初、声を押し殺すようにして泣いていたが…………次第に時間が経つにつれ、声を上げるようになっていった。それでもスクアーロは戸惑うこともせず、ゆっくりと背を叩き…………最後は、恐る恐るとハルヒの腰に手を回し、自分の腕の中の存在が壊れないようにそっと抱き締めた。ハルヒも、それを受け入れた。

最後にハルヒは、泣き疲れてしまって、そのままスクアーロの腕の中で意識を飛ばした。












の最大級の温もりを



(初めて、スクアーロが頼れる人に見えた)

(…………ハルヒにはもっと俺を頼って欲しい。そう思うのもいけねえか)

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あきゅろす。
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