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鮫の最大級の温もりを-前編-







…………スクアーロには、違和感があった。




「だから、どうもこうもないわ。親の不倫なんてざらにある話。しかもこのご時世、離婚なんて珍しくないし」




ハルヒの過去は、確かに聞く分にはよくある話に聞こえる。別に、この世の中にいる全員が結婚した相手だけを一生愛し抜く人しかいないとか、残念ながらそう言う出来た世の中でもない。だから、ハルヒの言うことは正論かもしれない。だけど。




「どういう意味も…………私はこの現状で納得してるの。父さんが母さんの浮気のことを知らないと言っても、母さんは家では善き妻であり善き母親である。母さんが父さんのことが嫌いな訳じゃないってことは、今まで見てきて分かった。…………なら、私が何もしなければいい訳じゃない?私が父さんに話さなければ、父さんが知らなければ。そうすれば夫婦安泰家族安泰。今さらそれを引っ掻き回すつもりなんて、更々無い」




ハルヒがそんな言葉を言う度に。




「大体、神様なんてもんは都合のいいようにはやってくれないのよ。だから私達家族は、ここまできたんだから」




今にも崩れそうな家族の実態を言う度に。




「でも、流石にその事を知った以上『あれ』を母親として扱うのは難しかったわね。自分を生んでくれた人だって言うのに、もう他人にしか見えなかった」


「…………」




その言葉達からできる想像とは違う、温かい家族の姿がスクアーロの脳裏に映っていた。
何故。何故なんだ。
ハルヒが言っている家族は、何だかんだで悲惨だと思う。表立ってないだけで、誰かが脆い部分を一本指で突っつけば、あっという間に崩れ去ってしまう。そんな状態だ。なのに、何故かスクアーロの脳内には、温かい一家団欒の風景がぼやけて頭に写し出される。今、そんな場景が思い出されるような場面ではない。ましてや、自分は家族らしい家族を持ったことなどないので、一家団欒の風景なんて思い浮かぶはずがない。なのに何でだろう。それなのに、何故か懐かしい気がする。
そこまで考えて…………やっと思い付いたのは、一冊の本のタイトルだった。思わず口から題名がこぼれでた。
…………ああ、これのせいか。




「『モノクロの世界』」


「…………?」




確か…………これは人間心情を描いた話。柄にもなく、心が揺れたのを覚えている。

スクアーロはそんな中身を一つ一つ思い出しながら、ポツリと呟いた。一つの本の名が思い付くと、何故か次々と頭に浮かんでくる。




「『ハニーナッツ。』」




これはファンタジー。自分が読むには、少しこしょばい思いをした。




「『清掃大戦争』」




これは清掃業者の日々の生活を面白おかしく描いたもの。清掃業者にも色々あるもんだと共感させられた。




「『スピリット!』」




スピリット(魂)は誇り高くあれ。それが主人公の名言であり、これは世間で有名になった作品とか。

次々と浮かんでくる作品達。ジャンルも内容もバラバラで一見、統一性の無さそうに見えるこの作品の中には、一つだけ共通点があった。ジャンルも主人公の性格も全然違う中でたった一つだけ共通するもの。それは………

主人公の家族の温かさ。

それだけは、必ずと言って良いほどどこかの場面で出てきていた。だからきっと、スクアーロの頭の中に浮かんだんだ。


最近、スクアーロは『梓川紫苑』でパソコンを検索した。その名でエンターネットを検索すれば、それなりの検索数が表示される。スクアーロ自身も一度、ハルヒのいないときを見計らって、パソコンの画面の前に張り付いてみた。
スクアーロの細く長い指がキーボードを捉えていくと、ハルヒの作家としての評価が浮き出てくる。スクアーロは、けしてよいとは言えない評価がある度に眉を潜めながらもその中の一つを叩き出した。

『梓川紫苑』は現代の作家である。ジャンルは多彩。専門的なものを除けば幅広く活動していると言える。そんななかでも特にコメディ、エンターテイメント系を好んで書いているようだ。

梓川紫苑の特徴は、どの作品にも家族との団欒をワンシーン挟んでいること。そのシーンはまさに理想の家族を描いており、そのシーンに感動を覚え、ファンになるものも少なくない。しかし、涙を頂戴したいと言う目論見が丸見えと言って辛口の感想を言うものもいる。必ず全作品に入れるのは、梓川紫苑が理想の家族との団欒に対する思い入れがあるとみている。

編集者として、個人としての感想は…………




また、梓川紫苑の最高傑作である、『スピリット(魂)は誇り高くあれ』という名言を作った『スピリット!』は、来春、全国で実写放映をされることが決定している。





ああ…………そうだ。さっきから頭に浮かぶのは、この小説の中の光景なんだ。




「ちょっと」




…………突如、痺れを切らしたハルヒが、少し戸惑ったような怒ったような表情をして、スクアーロを睨んだ。勿論そんな表情で睨まれてもそんなに効果はない。




「…………急に何よ。人の本の題名なんか、言い出して」




段々語尾が小さくなっていくハルヒの声に、スクアーロはハッとハルヒの方を見る。ハルヒの頬は、まるで発色の良いチークをのせたかと言うように染まっていた。
スクアーロはそれをまた、ハルヒの自分の知られざる顔と思い、口角をあげた。




「てめえは…………嘘つきだ」


「は…………?」


「何が『私はこの状態のままで十分』だ?本当は望んでやがるんだ、お前は…………温かい家族ってヤツをなぁ」


「…………何言ってんの」


「本」


「何………」


「てめえは『小説の中では自由に生きられる。自分を自由に表現できる』…………確かそう言ったなぁ」





図星をさされたような顔をしているハルヒ。その顔には焦り、焦燥、羞恥、人間のあらゆる感情を表に出しているようだった。




「あの部屋においてある、お前が書いた全ての本は読んだ」


「!」


「するとどうだ。全ての本に、家族との話があった」


「偶然よ」


「偶然でも何でも良い」




いや、あれは意図的だ。スクアーロにはそう確信があった。そう…………あの話を聞いたから。ハルヒの家族の話を聞いたからこそ。それは推測から確信へと変わった。
大体、そこいらのジャーナリストに見破れておきながら、自分に見破れないとでも思っているのだろうか?




「ハルヒ」


「…………」




スクアーロはハルヒの方に顔を向ける。ハルヒは今の自分の顔を見せたくないのか、明後日の方向に顔を背けていた。だから、スクアーロはハルヒの背中に話し掛ける。




「俺は、こういうのもなんだが…………温かい家族を持ったことがねえ。だからそんな家族、想像も出来ねえ…………筈だった」


「…………筈、だった?」


「浮かぶんだぁ、脳裏に。見たこともねえからぼんやりと……でも何となく想像はつく」


「何で」


「なんでだろうなぁ。…………だが、今までにこんなこと、一度もなかった。てめえの本を読むまではな」




そう言ってスクアーロは口角を上げる。
…………それは暗に、ハルヒの本のせいと言っているようなものだった。




「何が言いたいの」




勿論、ハルヒも暗に言われたことの察しぐらいついた。温かい家族を知らないスクアーロにその存在を伝えることが出来たのならば、それは物書きとしての冥利につきると言うものだが……何故か素直に喜べない。
この男は一体何を言い出すのか。




「もうちょい素直になれ」




スクアーロの発した言葉は、たったそれだけだった。

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