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裏切りは、いつでも唐突に







私は町の商店街から少し離れた公園に辿り着いた。時間的にもう公園内に子供の姿は見当たらなくて、ひっそりしていた。そんな雰囲気が今のハルヒには丁度よかった。

砂場に目をやると、子供たちが遊んでいたであろう名残がそこには残っている。作ったまま壊されていない不格好なトンネルの通った砂のお城。その脇には持って帰るのを忘れたスコップ。ベンチの近くには石で書いたであろう数々の絵。そんな名残を見つめながら私は奥に進んで行って、少し揺れていたブランコに腰をかけた。

…………冷たい風がハルヒの頬を撫でる。その風は、火照った私の体を少しずつ冷ましていってくれた。頭も少し冷えてく。



「…………」



今の私の様子を見れば、さっきの慌てようは嘘のようだった。頭もさっきより正常に冷静に働こうとしているし、考えもすっきりとまとまる。だからこそ私は理解できた。

あの母親の姿はけして、幻や見間違いなんかではないということ。

そう理解すると共に、他にはっきりすること
も出てきた。………きっと、商店街のあのときに会ったオジさんもこの事…………お母さ
んに男が出来ていたことを知っていたんだ。

私は手に持った新刊の入った袋をギュッと握りしめた。既にその本には新刊だった面影はない。角が折れるわ表紙は破れるわでひどい有り様だった。今も強く握っているせいで軽くシワができている。

今考え直してみると……私が本屋に寄る前にオジさんに呼び止められた時。きっとあの時に私の後ろには蜘蛛なんかじゃなく、お母さんとあの男がいたんだと思う。それをオジさんは私に見せまいと、いつもはしない差し入れまでして、私を引き止めたんだ。でもそれは私にとって、とても余計なお世話だった。



「…………っ」



痛みが急に手のひらに走る。私は慌てて握っていた手の力を緩めた。…………手のひらには力の入れすぎで爪の跡がくっきりと残り、鬱血しかけていた。こんなに強く握っていたのだと、それ見た後に気付いた。

カアー!カアー!カアー…………

烏の鳴く声が空に木霊する。私の腕に巻きつかれている腕時計はもう短い針が6を指していた。人影は既に、ない。

…………帰らなければ、と思う。でも帰ってどうする?向こうは気づいていなくてもこちら……私はもう、秘密を知ってしまった。多分、もう以前のように接することはできないだろう。したくもない。なら、どうする?正直にお母さんに見た事全て、打ち明ける?



「…………」



ス…………。

ハルヒはゆっくりとブランコから立ち上がる。立ち上がった後、当たり前のようにブランコは静かに揺れた。

…………心の内はもう決まった。

私はゆっくりと歩を進めだす。向かう先は…………いつも私が帰る場所だった。



*****



ガチャッ…………。

いつも開けているドアをゆっくりと開ける。特にドアに変わった様子はないのに、いつもより重く感じた。今の気持ちがそう感じさせているのだろうか?




「あら、ハルヒ。遅かったじゃないの。何してたの?」


「…………別に、何でも」


「あんたはもう…………もう少しその無愛想なところを直しなさいよ。愛想笑いぐらいしないと将来大変よ?」



失笑気味に笑う母親。その姿はいつもと変わらない。




「…………ねえ、お母さ「あ、ごめんね。今日用事があって夕飯用意できてないの。お弁当で我慢してね」


「…………お母さん」


「何?」




出来るだけ…………いや、絶対に気付かせないように。今だけでも、感情を消して。




「今日…………その用事って何だったの?」




ドクン…………ドクン…………。

感情を消すと同時に心臓の音が大きくなっていく。お母さん、お願いだから嘘はつかないで…………。




「何って…………」


「遅くまでかかったんでしょ?…それに、丁度帰るときにお母さんが誰かと歩いているような姿を見たような気がしたから、さ」


「別に…………買い物が長引いた上に隣のおばさんと話しこんじゃっただけよ?」


「おばさんと…………?」


「ええ。それがどうかしたの?」


「ううん。何でも、ない」




夕飯できるまで部屋にいる。そう言って私はその場を急いで離れた。その間、母親を一度も見ることが出来なかった。きっとそんな私に母親は首をかしげたことだろう。………私が何を思ってるかも知らずに。



「う…………うぁ…………っ!!!」



急いで部屋に駆け込み、ベットに身を投げ出して枕に顔を埋めた。もちろん部屋の鍵は掛けてある。いつも役立ってくれている鍵だが、今日ほど役に立ったと思う日はなかったと思う。私はできるだけ声を漏らさないよう必死に唇をかみしめた。

なんで。

なんで。

なんで。

何でそう、隠すの。

賭けてた。私が浮気を知っているような素振りをして、私が知っていると気付いたら…………そうしたら罪悪感に刈られて謝ってくれるんじゃないかって。そうしたら、今日の事は無かったことにしようって。お父さんにも知らせず、いつも通りの素晴らしい世界が続く。勿論、相手と縁を切ってもらって。裏切られた今でも、それが実現できると思っていた。

…………神様は、酷い。でも、それを言い出せない私も、馬鹿だ。

結局、私は今の家族を壊したくなかった。だから父にも何も言えなかった。…………壊すことも出来なかったし、今まで通りを貫くことも出来なかったのだ。

母親の裏切りによって、私の中の何かが確実に変わった瞬間だった。










裏切りは、いつでも唐突に

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あきゅろす。
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