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鮫の知らぬ、苦い過去2







ガガガガ…………。



「…………ふふっ」




口のわずかな間から、思わず笑みが漏れる。
オジさんに声を掛けられて数十分後。私は本屋で目的の本を無事に手に得ることができ、満足げに本屋から出てきていた。




「ありがとうございました」




後ろから聞こえる店員さんの声すら少し遠くに感じる。そのことを踏まえて考えてみると、私は相当浮かれていたのだろう。
私は手にしている本を胸に抱きながら、今回はどんな物語なのだろうかと頭に本の筋書きを浮かべていた。
サスペンスだろうか、
ラブコメだろうか。
はたまた今回は新しいジャンルに手を伸ばしているのだろうか?
想像が尽きることはない。そんな時ふと目に入った景色に私は目を疑った。

バタン…………。

買ったばかりの新刊が地面に落され、角が曲がる。そんなことは目の前で起こっていることを見れば、どうでもよかった。




「時間、大丈夫か?」


「ん、大丈夫。あの子鍵持ってるし、もし遅くなっても買い物をしてたって言えばいいんだから」




そこには一人の女と一人の男が腕を組んで寄り添っていた。
その女の顔を知っていた。
その女の声を知っていた。
その女の服を知っていた。
その男の存在は…………知らなかった。
私がいつも見ている姿とは違う姿だった。そう………母親ではなく「一人の女」だった。

ドクン…………ドクン………。

心臓の音が身近に感じる。なのに、周りの音は上手く拾うことが出来なかった。その二人の姿が私の眼には浮き彫りになって見える。目もそらすことはできず、周りの景色は二人を隠してほしいのにむしろ目立たせる要素となってゆく。

ああ………私は一体何を見ているんだろう。

なんだか訳が分からない。周りの人は本を落として立ち止っている私のことを何事かというようにチラリと見てから立ち去ってゆく。
何で私はこんなところにいるんだっけ?
どうしてこんなものを見ているんだっけ?
何でこんなにも注目を浴びているんだっけ?

…………私はついにその視線に耐えられなくなり、やっとのことで地面に落ちて角が曲がった本を掴み、その場を逃げ出すように走って逃げた。

最後まであの女は私に気付かず、男に夢中だった。



*****



その後、私はすぐには家に戻らず、とにかくひたすら走った。…………信じたくなかった。受け入れたくもなかった。母親のあんな姿なんて。
でも、必死に走っていてもあの、母親の嬉しそうに笑っているあの顔が、照れて頬を赤く染めているあの顔が頭の中でも瞼の裏でも、まるで走馬灯の様に消えては浮かび、消えては浮かび、駆け抜けていく。

いやだ、嫌だ、否だ、イヤだ!!!!!!

首を振っては頭に浮かぶ光景を消していく。
消えろ、消えろ、消えろ。頭で何度そう念じただろう。さっきの出来事はつい数十分前のはずだが、もうその数は数えきれない。あんなの幻だ。勘違いだ。見間違えたんだ。お母さんがそんなことするはずがない。

私の知っているお母さんはいつも優しく尊敬できるヒトだった。確かに喧嘩もしたことあるし、ウザいとも思ったこともある。でも本気でそう思ったことなんてなくて、父とも仲が良くて。
ドラマみたいなこと、私の身の回りで起こるなんて思ってもいなかった。起こらなくてよかった。
そして私は有ることに気づく 。

…………私は、これからどうすればいいの?

多分…………お母さんは私があんな姿見たこと気づいていないんだろう。ならば私はどうする。私はこのことを母親に問い詰めるべきなのか。父親に話すべきなのか。…………本当に?話したらどうなる?家族が崩壊する?私が話すことで?

嗚呼、私は……………………。








の知らぬ、苦い過去2




(こんなことになるなんて、考えたこともなかった私は幸福者『だった』)

(家族の崩壊に………私は耐えられるのか)

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あきゅろす。
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