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鮫の知らぬ、苦い過去







「あれは…………中学生の時だった」







…………昔から、私は無愛想な子供だった。
その性格に拍車がかかったのは私が13歳、中三の冬。運命の分かれ道のあの日は今でも忘れられない。ちょうど今日のように木枯らしが吹いて、気温もテレビで今年最低と言われるような日だった。



「…………寒い」



私の顔に冷たい風が吹き付ける。私はそれを避けるように、首に巻きつけていたマフラーに顔を埋めた。丁度長い長い一日が終わった、放課後の帰り道の事だった。
その日は急用もなかったのだが、友達からの遊びの誘いを断った。別に理由はない。気分が乗らなかっただけだ。

元々友達と慣れ合う事が好きではない私。面倒事を起こさぬよう中学校に上がって、友達とのほどほどの距離の置き方を覚えた。
仲間はずれにはされない。タイミングを取り計らって輪に話しかければ中に入れる。イコール好きな時に一人で居れることができる。そんな距離。
遊びを断るのだって、いつもということではない。気が乗った時は行ったりしているので今回は残念がってあっさりと引いてくれた。

でも今回は…………そんな行動をとった自分を恨んだ。


*****


丁度その日は、母親に告げていた時間よりも早く帰宅の道につくことができた。私が帰宅する場合、いつもは通らないはずの人通りの多い商店街を通った。いつもの道だと父親の経営する道場を通らねばならない。するとあっという間に父親の目に留まり、道場の中に引き込まれてしまう。
今日はとてもじゃないが気分が乗らなかったので、すこし遠回りとなるが安全策として商店街を選んだ。急がば回れ、という奴だ。

いくら学校が早く終わったからといっても時刻はもう夕方。商店街も夕飯の材料を買い求める主婦や人々ですぐに活気づいてきた。
たまにはここを通って帰るのもいいかも。そんな風景を見て、ふとそう思えてくる。
そうだ。そう言えば今日は私の好きな作家の新刊が出る日だったはないか。ついでに近くの本屋にでも寄ろう。



「お、ハルヒちゃんじゃないか」


「…………(ペコリ)」



店を通りすぎようとすれば、顔見知りのおじさんが私に笑いかけてくれる。商店街の人々は人情が厚く、無愛想な私でも見かければいつも声をかけてくれるので、私はそれに無言でお辞儀で返していた。皆はそれを気を悪くした様子もなく、笑い返してくれる。



「こっちから帰ってくるなんて珍しいな。何か用があったのか?」


「私の好きな作家の新刊が、今日出るんです。それにまた父に巻き込まれたくないし…………」


「そういうことか!そりゃあ楽しみだなあ」


「はい。…………じゃあ」


「おう!…………っと、ちょっと待った、ハルヒちゃん!」


「?」



早く行きつけの本屋に行きたくて話を切り上げようとする私に、何故かオジさんは引きとめる。



「えーっと、な。…………そうそう!うちの息子がいつも親父さんの道場で世話になってるだろ?だからちょっと持って行って欲しいものがあるんだよ」


「え、それは…………」



このオジさんの息子は、私のお父さんの道場に通っている。年も近いのでその子とは顔見知りだ。でも、こういう場で道場のお礼やらなんやらは貰ってはいけないと、常々お父さんに言われている。
オジさんもそのことを知っているはずで、今までにもこんなことされたことないのに。
私は早く本屋に行きたいのもあって、どう断ろうかと頭の中で考えを張り巡らした。



「あの、オジさん…………」


「えっとな!ちょっと待ってくれよ。すぐに持ってくるからよ」


「いえ、そうでなくて…………そういうのは父に直接…………」


「まあそういうなって!」



困った。どうやらオジさんはどうしても放してくれる気はないらしい。
私はオジさんに気付かれないようにそっと溜息をついた。そして待ってる間また、商店街の景色を眺めようと顔を上げたーーーーー。



「!?ハルヒちゃん!そっちを向いちゃ…………!」


「?」



オジさんが何か言った気がしたけど…………聞き終える前にはもう、商店街のほうを向いていた。だけど特にこれと言ったものは見当たらない。



「…………オジさん、何が向いちゃいけないんですか?」



オジさんのいった意味を考える。でも、私の向いたほうには特にこれといったものはない。普通の景色が広がって、人々が行きかっているだけ。オジさんの言動に不審さを感じた私は眉をひそめた。



「あれ?な、なんでもない…………んだ。…………いや〜、そこに蜘蛛がいた気がしたからさ。見たらあれだと思ったけど気のせいみたいだな。すまんな」


「いえ…………(奴が…………)じゃ、私はこれで」


「これ渡しておいて。いつもありがとうございますって言っておいてくれや」



私はオジさんから包みを受けとる。中身はオジさんの奥さんが作ったアップルパイらしい。林檎の甘い香りがそこから漂ってきた。

結局断れなかったな。

オジさんの元を発って、手に持った包みを見下ろした。

…………本当にこの時、オジさんにさっきの言葉の、本当の言葉の意味を聞いておけばよかったんだ。そしてこの後、私はこの歳で絶望を見ることになる。そしてこの後できた心の深い深い溝は、私の人生さえも左右されることになった。











の知らぬ、苦い過去


(…………今思えば、本当にこのときの私は本当に子供だったな)

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