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神様は鮫に微笑む








「…………」


「…………」


「…………」




道場が、静寂に包まれていた。
訳は言うまでもないと思うが一応。

飛んで竹刀が壁に刺さり、その衝撃で真剣が私の上に降り注いで刺されそうになる、という事件の後。私はその一瞬の間に意識が飛ばしかけた。だが、私には気絶なんてしてる暇はない。ただそれだけが、怒りが、意識を掴んで引き戻した。
私は二人に道場の端へ呼び、正座をするよう命じる。
父は私が無事だとわかった瞬間、物凄く心配してくれているような顔で、私に駆け寄っていてくれたが、勿論私はそれを振り払った。丁度私の怒りが頂点に達した時だった。




「ねえ」


「「…………はい」」


「あのね。あんた達が勝手に決闘するとかそういうの、ぶっちゃけどうでもいいのよ、私。もっと言うと、漢(オトコ)のロマンとやらも本当にどうでもいい」


「「…………」」




道場の端で娘に正座をさせられている父とスクアーロは、どうしても顔をあげることはできなかった。しかし、俯いたら俯いたでハルヒの、間違った医療の覚え方をしてしまった看護師がうろ覚えで巻いてしまったかのような分厚い包帯が巻かれている足が目に入るので、それを目に入れることも辛く俯く事も出来ない。

道場には三人だけ。

他の門下生達は全員気を使ってくれ、いつものより早いが帰ってくれた。勿論逸も。
思う存分怒れるようになったハルヒに、容赦する気は一切ない。




「だからってさ。他の人に迷惑になっていいと思ってる?大の大人達が?」


「「…………」」




ハルヒの視線と目が痛い…………。
いちいち言うことは正論を付いている。反論する隙すら見当たらない。

…………ハッと失笑するハルヒの笑いが耳に痛い。




「父さん」


「…は………はい…………」


「あんな危ないもん、竹刀が当たったからって落ちてくるようなカバーじゃ意味ないじゃない!そんなものならいっそするな!」


「い、いや…………だってあれは」




ハルヒの怒鳴る声を必死に耐えながら、父は壁の方に指を指す。そこには父の大事にしている竹刀が、先程の決闘で壁に突き刺ささっていた。




「あんなこと、普通ないだろう…………」


「今回なった。次回もないとは限らない」


「う…………」




父は言い返す言葉もなく更に項垂れる。それを見たハルヒは険しい顔のまま、スクアーロの方に向き直った。
スクアーロはハルヒの話を聞く前に、自分の正座と痺れる足の戦いの末を見守っている。正座なんて、初めての経験だ。




「スクアーロも」


「…………なんだぁ」


「竹刀を弾き飛ばすのは良いけど、加減考えなさい!わざわざ人のいる方に向けてやんな!んで、助けてくれるなら取りこぼすな!」


「ゔ…………ゔおおい…………」




勝手な言いがかりかもしれない。ハルヒは怒鳴りながら頭のどこかでそんなことを考えた。

確かに、事の原因を作ったのはスクアーロと言えるだろう。しかし、スクアーロがいなかったら、死ぬなり致命傷を負うなりしていたのは事実だ。いくら弾き飛ばせなかった剣が一本、私の体の横の床に思いっきり刺さったからって、そのせいで髪が少し切れたからって、お礼も言っていない私がここまで言えた義理じゃない…………。

そう分かっていた。が、スクアーロを罵る口は回って止まらない。非難の一つぐらい、スクアーロから飛んできて当然だと思った。
……なのに、二人のどちらも言い出さない。
その事に気が咎められ、私も口を塞いでしまった。




「…………」




二人は黙っていた。言い返しもしなかった。
それは言っていることに異論が無かったわけではない。むしろ、言い換えそうとその口を開きかけたこともあった。
だが、言えなかった。

…………ハルヒの足と、震える手を必死に握っている所を見たら、そんなこと出来なかった。
ハルヒはあんな性格だ。きっと今、自分の手が震えていることすら気づいてないんだろう。そもそも、ハルヒがこんな震える原因を作ったのは自分達なんだ。そう考えてくとやはり、誰もハルヒを責める事が出来なかった。
きっとハルヒのこの怒りは、ハルヒの自分の心の奥から湧き出る恐怖心を本能で押さえる為のカモフラージュなのだ。




「…………すまん」


「…………ハア。もういいわよ。許す」




父はこれ以上ハルヒを刺激せぬよう、大人しく頭を下げた。隣のスクアーロも同様に頭を下げる。
それを見たハルヒは、一気に怒りが萎んでくのを感じた。




「ハルヒ…………」


「何?」


「今回のこと…………母さんに」


「言われなくても言わない。今日は会わないつもりだし」


「顔を合わせないのか」


「私も色々と忙しいの。この後、編集部に行かなきゃ。行くわよ、スクアーロ」


「…………おゔ」




そして私達は、挨拶もそこそこに、その道場を去っていった。



******



「…………おい」


「…………」


「ゔおおい、ハルヒ!」


「何」


「良いのかぁ、お袋さんと会わなくて。全然あってねぇんだろ?」


「……わお、あんたに心配されるなんてね」




道場の帰り道…………。
私は行きと同じように、2ケツでスクアーロの後ろに乗っていた。会話なんてものはない。私の雰囲気が、そうさせていた。




「…………心配ないわ。母親とは前に顔見せといたから。今回はいいのよ」




母親と、そう呼ぶことももうあまりしなくなったあの人。私は自然と、あの人から避けるように母親と呼ばなくなっていった。




「…………母親と何かあったのかぁ?」


「何も」


「何故隠す」


「隠してない」




それなのに、先程から、どんどん母親のことについて聞いてくるスクアーロ。正直話したいとも思ってはいないだけに、鬱陶しい。




「…………何でそんなことまで聞いてくるの?放っておいて」




もうあの人を母親なんて思ってない。
これ以上は何も聞かないで。
勝手に掘り返さないで。

キキッ…………!




「!?何」


「今から戻ってお袋さんに会いに行く」




急に自転車が止まった。そう思えば、今度は冗談抜きで笑えないジョークを言い出すスクアーロ。
これには流石にハルヒも、顔色を変えられずにはいられなかった。




「!?余計なこと…………」


「それが嫌なら今すぐ俺に事情を話せぇ!」


「何であんたに」


「………お前の辛そうな顔、見てらんねぇ」


「!?」




何を言い出すのかと、思えば…………。




「どうせ俺は、然り気無い気遣いとかできねぇんだぁ!それならうじうじ悩むより、根本的に解決した方が手っ取り早ぇ!」


「んなっ…………そんなこと出来てたらとっくの昔にしてるわ!」


「赤の他人が無茶苦茶にした方が上手くいく場合もある!」


「そ、そんな…………そんなので上手くいくのなんて、一握りよ!」




現実は厳しい。
そんなこと、この世に20年も留まれば、誰でも分かってくるはず。ましてやスクアーロなんて、もっと厳しい世界で生きてきたのだから…………。

スクアーロの表情は、きれいな銀髪と角度で、上手く隠されている。でも、今のスクアーロは、笑顔を浮かべているようでならない。




「さあ、どうする?戻るか話すか…………二者択一だ」


「…………」




違う。こいつは分かってるんだ。


私がこの条件だと、話さないわけがないと。












神様はに微笑む



(いつも厳しい選択を迫られるのは、私だけなの?)

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あきゅろす。
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