私の周りの男は一味違う
『始めっ!!』
私にとって、本日二度目の開始の合図。審判の声は一度目より、更に固くなっているように聞こえた。
父とスクアーロ。
正直、スクアーロの勝ちは揺るがないとは思っている。だが、思い返せば父の試合姿を一度も見たことのない私は、妙に緊張していた。こういうのは、武者震いとはまた違うんだろう。
二人は合図があってなお、開始線から動かずにいた。
「…………」
「…………」
さっきまでの談笑は何処やら。
二人の目は鋭い刃のような光が宿ってる。動いて良いはずの私達ですら、迂闊に動くことも、喋ることも、あまつさえ吐息の音ですら出してはいけない。そう感じさせた。
悪いが、逸くんの時とは大幅に違った雰囲気で、二人は道場の空気を圧迫した。
「…………来ないなら、こっちから行くぞ」
「…………おもしれぇ!かかってこい!」
父が、笑みを浮かべた。
父の姿が、一瞬小さく見えた気がした。
「…………!?」
「チッ…………駄目か」
パシッ…………
いつのまにか、スクアーロの竹刀と父の竹刀が重なり均衡状態にはいってしまっている。
スクアーロは意表を突かれたような表情で、父は額に脂汗を浮かべて笑っている。
「…………飛び込み技?」
「?」
「一種の捨て身技っす。こんなときに出すモ
ノじゃ…………いや、」
「?」
「あれは相手の虚を突くために、右膝を沈めて相手の面上を狙う技なんです。でも、隙もできやすいから捨て身技になってて…………でもこの場合、鮫さんと長引くのはどう考えても不利っすから。一発で決めるには良いのかも…………」
「よ…………よく分かんないけど、とにかく無理茶ぶりってことよね?」
「まあそうっすね」
再び逸くんは二人に目を向ける。勝負は丁度、互いの竹刀が離れ、適度な距離をとっている所だった。
「…………やっぱ一筋縄じゃいかねぇな」
「…………駄目だぁ」
「?」
「全然駄目だぁ!体が鈍っていけねえ!!」
苛立つように吐き捨てるスクアーロ。
最初の策がアッサリと破られ次の手を考えていた父は、意表を突かれたような顔になった。そして真剣な顔に早変わりする。
「兄ちゃん…………前から思っていたんだが…………」
「?なんだぁ」
「兄ちゃんの剣、それ実践用だろ?」
「…………!!」
スクアーロと、私の頬の筋肉が一瞬にしてひきつる。父の顔は、いつものあの冗談を言うときのような顔ではない、
一体父は、何を言い出すのか。
「今やって納得した。兄ちゃんの剣、道場とかの剣とは違うんだわ。道場の剣とは違うから型なんて関係無い。打突部位のことなんか関係ねえ」
「…………言っただろぉ。俺は自己流だぁ」
「だから実践用の、だろ?」
確信めいた口調。スクアーロはそれ以上、口を開こうとはしなかった。
父は鈍い。ずっとそう思って今日まで来た。
実際に、幼い頃の私の心情の方もいつもあまり気づいてくれなかった。その時は安心したような少しがっかりしたような、そんな感じだった気がする。なのに今はどうだろうか。
………父は剣のことになると人が変わる。そう言うことなのか。
スクアーロの表情は、髪で覆うように隠されていてよく分からない。私の額には、脂汗がじわりと滲んでくる。
一体どうするつもりなんだ、スクアーロ。
「…………ねぇ…………」
「?なんか言ったか?」
「…………今は決闘の最中だぁ!無駄口は叩くんじゃねぇ」
「…………」
「てめぇの質問にゃ、後で答える。それで良いだろ?」
分かったらさっさと剣を構え直せぇ!!
スクアーロのその言葉が道場中に音ではなく、振動として響き渡る。
「ちょ…………スク「あっはっは!そりゃ確かにそうだ!よし、やろう!」…………え、ちょ父さん?」
それで良いのか、父よ。
さっきまでの真剣な光を帯びた目は何処やら。お気楽な父の目に変わっていた。
分からない。この二人の思考が全くと言って良いほど分からない。こんなに簡単に流せるほど容易な問題だったか?
「…………ねえ、逸くん。男ってこんなもんなの?」
「………あの人たち限定じゃないですか?」
後ろのほうでは他の門下生達が、首を縦に激しく振っている。一緒にされるのは非常に不本意らしい。
そうか、あいつらだけなのか。
私の周りの男がそうなのか。
皆が皆、あんなんじゃないと知って安心はするが、逆に私の周りだけと言うのは腹立たしい気がする。
でもよかった。幼稚園からの男に対する認識が間違っていなくて。
私の周りの男は一味違う
(お願いだから逸くんまではならないでね)
(もちろんです)
※作者は剣道については無知です。検索して得た知識を使ってます。なので、実際と違うと言うところも出てくるでしょうが、何とぞ、皆様の広いお心でご了承くださいm(__)m
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