口癖とKYと敵討ち
「よし…………じゃあ次は俺だな」
「師匠…………」
「そんな顔しなさんな。俺と違って折角イケてる顔が台無しだぞ?」
「…………」
「ま、俺が仇打ってやるさ!」
「ゔおおい!言ってくれるじゃねえか!」
逸くんが真ん中の競技線から退き、入れ替わるように父が進み出る。逸くんは、そのまま真っ直ぐ私のところにやって来た。それでも顔は、私から背けている。
そんな逸くんに、私は手に持っていたペットボトルを投げた。
「!」
「お疲れ、逸くん」
「………情けないとこを見せちゃいました」
そう言って笑う逸くんは、痛々しい笑みを浮かべていた。その様子からして、余程負けたことが悔しかったのだろう。
私はその笑顔にデジャヴを感じずにはいられず、思わず顔を背けたくなった。
「……………なんでそんなこというの?十分凄かったよ」
「いや、駄目っす…………こんなんじゃ」
「しぃー」
「?」
逸くんが俯き、顔が見えなくなる前に私は、自分の人差し指を唇に当て、こっちを向かせた。我ながら、変な顔になっていそうだ。
「逸くん。私の口癖、覚えているでしょ?」
「…………『言葉は言霊』でしたっけ?」
「そう」
「あー昔はよく聞かされましたね、それ。耳にタコができるんじゃないかってくらい」
「悪かったわね、口煩くて」
唇をアヒルのように尖らせる。逸くんはそんな私を見て可笑しいと言うように微笑んだあと、懐かしむように目を細めた。
「…………やっぱり、俺もう無理なのかも」
「!?なに言ってんの。一回駄目だったからって諦めるなんて」
「正直…………これ以上、上を狙える気がしないんす。やっぱり剣道向いてなかったんだ、俺は………」
「…………馬鹿!!」
「!?」
「『言葉は言霊』って言うでしょ!そんな後ろ向きな言葉ばっか言ってたら、悪い気しか寄って来ないんだからね!スランプから脱け出せないわよ!」
「え…………それは困るっす」
「だったら校庭のど真ん中で優勝してやる!って大声で宣言して、良い気呼び寄せるぐらいの意気込み、見せてみなさい!」
「普通に考えて無理ですよ、ハルヒ姉!!」
確かこの出来事は、逸くんが中三の時だ。
大事な大会前で、丁度スランプと重なってしまい、みるみると自信を無くしていった逸くんを見兼ねて私は声をかけた。
「あー、そんなこと言ってもらいましたね」
「そうよ。あんときの逸くん、馬鹿らしいって思うほど落ち込んじゃってたんだから」
「そうでしたね」
苦笑を漏らしながらゆっくりと私の隣に座る。剣道をやっている人はみんなそうなのだろうか?逸くんは姿勢がよく、まるで棒を背に当てているかのように背筋が伸びている。
私はそれを見て、自分の姿勢の悪さが浮き出ているように見え、慌てて背筋を伸ばしてみた。…………だ、それは数分と持たない。
「…………そう言えば、ハルヒ姉さんには言ってなかったんですけど」
「?」
「俺、あんとき…………次の日、本当に叫んだんですよね」
「え」
「だから、本当に校庭の真ん中で『俺は次の試合で優勝する!』つって」
「ええっ!?」
「いやー、あれはないっすね。一度宣言したからには勝つしかない!って思ったし、知らない人に宣言しちまったからプレッシャーとか半端じゃないっすよ!」
ハルヒはこれでもかってくらい目を見開き逸くんを見つめる。
今は笑い話のように楽しく話しているが…………当時はそんなこと言っていられなかったはずだ。そもそも逸くんはそんな性格ではないし。
「あれは物の喩えで…………」
「でも、あれでスランプ抜け出せたんすから。やっぱりハルヒ姉さんの言うことに間違いはありません!」
「そんなこと…………」
ない………と言いかけて、私は口を閉じた。
なぜか今の逸くんは生き生きしていて……当時のその大事な大会のことでも思い出しているんだろうか?興奮して私に話してくれる。さっきまでの落ち込みが嘘の様だ。
私はそれを見てもう大丈夫そうだ、と淡く微笑んだ。
………だが、その安堵を掻き乱す奴がいた。
「ゔおおい、やるぞぉ!」
「お手柔らかにな。…………そういや兄ちゃん、どこの流派だ?さっきから見たことのない動きをいているんだが…………形が全くねえ。外国は流派なんぞねえのか?」
「イタリアにも流派らしきものはあるが…………俺の剣は自己流だぁ。数々の剣豪達を殺って手にいれた!」
「ほう…………そりゃ凄いな。俺なんぞが勝てるかどうか」
「それも殺ってみなきゃわかんねぇ」
私の安堵を一瞬にして掻き乱した両者は、開始線に立ち、そして笑みを浮かべている。なんだかんだ言って父も楽しそうだった。
「…………無駄に楽しそうね、あの二人」
「…………ええ」
「(父さん…………絶対漢字変換勘違いしてるわね。まさか『殺る』のほうだなんて口が裂けても言えないけど)」
口癖とKYと敵討ち
(あ。カカクヤスクじゃないほうね)
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