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私と後輩と鮫








「よーし。そんじゃあまあ、始めるか」




父の嬉々とした声。その声を聞いている私はあの(趣味の悪い)真剣コレクションの傍に座っている。
スクアーロと言えば、竹刀とはいえ、やっと刀を振れることに内心舞い上がっているように見受けられる。目の前にいる門下生の視線なんて目に入っていない。

……あんなに不審な目で見られてんのに。

私が門下生達の心を当てよう。




「何で外国人?」

「あれじゃないか?まだ日本に侍がいるって勘違いしてる奴」

「ああ…………なわけないのに」

「そういえば…………やけに真剣に興味示していたよな」

「あるのは知識だけってか?」

「あれだ、日本の文化オタクって奴だろ」




表情からしてそんなところか。そして皆の心にお答えするならば(本当に思っているのかはともかく)
………あのカス鮫は、日本の文化オタクって奴じゃない。あえて言うなら……きっと戦闘マニアって奴だ。そして真剣に詳しいのは恐らく仕事柄。多分。もしくは剣士マニア?

そんなことを心の中で呟いてみる。
…………要するに私は今、とてもが付くほど暇人だ。こんなことを考えることしか、やることはない。
裸足なので足の裏はかなり冷たいし、道場の中だから冷えきってる。…………寒さが背中から伝わってきて肩が震えた。ストーブくらい置けば良いものを。




「…………はあ」



これって私だけ帰ることは可能だろうか?



「…………ハルヒ姉さん、これ、使って下さい」




顔に影が掛かる。その事を不思議に思った私は顔をあげた。
目の前にはスリッパが置かれ、肩には何やら制服のようなものが掛けられた。




「あ…………逸(いつ)君?」

「お久し振りです、ハルヒ姉さん」




見上げた先には、道着姿の知り合いが、よくテレビで見るような甘美な笑みを浮かべてこちらを覗き込んでいた。

私はありがとう、とお礼を言い、差し出されたスリッパに足を突っ込み、制服(ブレザー)をきゅっと掴む。…………暖かい。




「久し振りね、逸君。三年ぶりかな?」

「はい。最後に会ったのは…………ハルヒ姉さんが高三でしたからね。大学受かったらこの家出ていっちゃって帰ってこないし」

「あー、そんなこともあったわ…………」




三年前だ。ここを出てから三年になるんだ。

大学に進学して、一人暮らしを決意してからそんなに経つんだと今更ながら思った。
逸はそんな遠い目をして思い出している私を一瞥すると、ゆっくりと私の横に座った。
私はそんな逸君を懐かしむように見る。




「逸君背伸びた?もう目線が私より高いんだけど…………」

「当たり前っすよ。俺もう高三。成長期の終焉迎えちゃってます」

「高三?この時期受験シーズン真っ盛りじゃない。こんなところでなにしてんの」

「俺、推薦取ったんす」




勿論剣道で、と私に向けて眩しい笑顔で指を二つ立てる。
逸君は眩しい。私にとってそんな存在。私なんてそんな眩しい太陽みたいな笑顔、いつからしていないだろう?…………ああ、やらなくなったんだっけ。




「良いわね…………」

「どこの大学か聞いてくれないんですか?」

「どこなの?」

「“  ”大学っす!」

「あ、私の…………」

「はい、また後輩になれます!」




そういって笑う逸君は…………やはり、眩しかった。




「…………って言ってももう私、大学中退しちゃってるけど」

「Σマジっすか」




この子と知り合ったのは、私が高二、逸君が中二のとき。その時に逸君がこの道場に入ってきて、私は道場の掃除とかを手伝っていた。門下生に幼い子が多いときだったから、年がわりと近めの私たちはすぐに打ち解けたし、よく、逸君からの相談を受けるようになっていた。

逸君は元々剣道の才能があったらしく、父の指導を受け日々成長し、私が家を出ていく直前には全国で通用するレベルとなっていた。
父はその事を喜び、私も一緒になって喜んだのがつい最近のように思い出される。
それが懐かしくて、つい目を細めた。




「………逸君はアイツと試合、しないの?」

「師匠は『お前はとっておきだから』って。でも多分戦いますね」

「剣士としての、勘?」

「はは、そんなの見ればわかりますよ」



そういってスクアーロの方を見る。



「ああ…………」




見ればスクアーロは…………サシの勝負ではなく、そこにいた門下生全てを相手にするように構えている。父はそれは流石にないだろうと止めようとしているが…………




「ゔおおおい!!こんぐらいやらせろぉ!じゃねえともの足りねぇんだぁ!!!!」

「おい、勘弁してくれよ…………防具も着けないで、危険すぎる」

「んなもん、邪魔だぁ!!」

「父さん、やってあげて」

「!?ハルヒ、」

「大丈夫、そいつそんくらいしないと押さえらんないと思うから」

「しかしだなあ…………」




私の言葉に更に頭を抱える父。
実際心配すべきは門下生達の方なんだが、それを知る術を父は持っていない。




「ハルヒ姉さん、いくらなんでもあの人数じゃ…………」

「良いのよ」

「…………随分信用してるんですね、あの人の腕。そんなに強いんですか」

「何、嫉妬?あはは、大丈夫。あんたも十分強いんだから」




そういって、ちょっと顔をしかめている隣の逸君を軽く横目で流して頭を撫でてやる。短く切られているその髪の毛は、軟らかい。
すると逸はとても複雑そうな顔になった。











私と後輩と




(こんな私にも後輩くらい、いたのよ)

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