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雲珠桜は夏に彩る
そして季節は巡りくる10








自分の世界に、戻ってきた。




私がいなかった間がこの世界にはちゃんと存在していたようで、気付いた時に私は、病院の一室でベットに横になっていて、親を泣かせていた。

この世界に帰ってきて一番最初に感じたのが病院の何の変哲もない天井だとか、シーツの消毒臭いにおいだとか、親の泣き顔だったから、すぐに「ああ、戻ってこれたんだ」と実感する事が出来た。
親の、特に母親の顔がものの見事に崩れ去っていたので、戻ってきた事を噛み締めるよりも先に、私は大丈夫だと慰める事が先になってしまった。そう言えば親は「ずっと居なくなったと思ったら、いきなり道に倒れてて、そんなわけあるか」と怒鳴られてしてまったが。

聞けば私は、一ヶ月半ほど行方不明だったらしい。家から音もなく居なくなっては連れ去られたとも考えにくいし、荷物を纏めた様子もなかったから、家出だとも判断できない。
警察もこんなパターンの事件は初めてだと、相当お手上げたったと。無事帰ってきてくれてよかったと、そう事情聴取に応じた婦警の人が教えてくれた。
向こうでは確実に半年は居たはずなので、微妙な時差に私はしかめっ面をしてしまっていた。

私は今朝がた、近くの森林公園の木々の間に倒れていたらしい。かなり早朝で、森林公園と言ってもかなり深い林がある公園だったが、その道をジョギングしている人が見つけてくれてたおかげで、すぐに病院へ搬送されたらしい。それを聞いて私は、いつしかの大人になったツナの様に公園でほったらかしになるような事がなくてよかったと、心から思った。ベットの上で目を覚ます事が出来たのは幸いだ。

学校の方は、休学処置になっていた。だけど、あと少しでも休む期間が長くなれば進級もどうなっていたか分からないと言うから、一日だけ念をとって入院した後はすぐに復学した。
勉強の方もかなり遅れていたけれども、先生が懇意で放課後などにつきっきりで補修をしてくれたおかげで半年もすれば皆に追いつくことが出来た。向こうで自分なりに勉強を進めていたことが功を奏したようだ。
今考えてみれば、あの時から帰る準備をしていたようで、少し笑える。そして、心の中でやはりこうなる事を予想していたのかもしれないと、ふとそう思った。

部活動は流石にやめる形になってしまったけれど、それは誰にも文句を言える事ではなかった。


親に、居なくなっていた間の事は何にも言っていない。親だけではない。誰にも、だ。
言うつもりはなかった。試しにリボーンの存在を知っている弟に「私がリボーンに会ってた、って言ったらどうする?」と言えば「夢だろ?」と簡単に流された。私はそれに「うん、そう。夢の中で」と答えた。

………ただえさえ心配させてしまったというのに「家庭教師ヒットマンREBORN!という世界に行っていました」なんて言ったら、すぐに精神病院に連れて行かれるのは目に見えている。逆の立場でも私は信じる事が出来ないと思うし、それは仕方のない事だったので誰にも言うことはなかった。




「…………」




今では自分自身もリボーンの世界を、本当に行ったのかと疑うようになっていた。皆の事も覚えている。あの風景も、並盛中で感じた風の感覚も、皆と一緒に過ごしたあの家での思い出も、全てちゃんと覚えている。骨身にしみ込んでいる。忘れてなんていない。だけど、皆と一緒にいたという証拠がない。
私が向こうで親の顔を忘れかけていたように、皆と一緒に過ごしていたという記憶だけじゃ、段々薄れていくだけで、日が経つにつれて確信が薄れていく。
今では綺麗にあとかたもなく消え去っていった、あの忌々しかった痣が消えた事は何より惜しく感じてしまう。良い思い出とは言い難いけれど、確かに皆と過ごしたという証拠になる。あの出来事だってツナではないが、全て自分の時間だった。向こうに行ってなくてよかったなんて経験はない。全てがあったから、今の私が存在する。今ならツナのあの言葉の意味がよく分かる。

………会いたい。皆に。
でも、そう考えたらきりがないと言う事は誰よりも自分が知っていた。





「じゃ、お母さん。行ってくるね」


「はーい。………今日は大学だっけ?帰りは何時くらい?」


「今日はバイト!!それにそのあと遊んでくるって昨日も言ったじゃん!」


「あーそうだったっけ」





学生時代より少し明るめの色を入れた髪を綺麗に整え、玄関の鏡で全身を一度確認する。
………こう言う事をするたび、もしもまた雲雀さんに会うような事があれば、彼は気づいてくれるんだろうかと思ってしまう。この髪を染めるのも、そんな理由で一時期は踏み留まっていた。
もう会える事はないのに。大学生になった今でも、彼を忘れることはできない。出来るはずもなかった。ユカは踵の低いパンプスを足に引っ掛けドアノブを回した。

何度雲雀さんに会いたいと願った事だろう。

何度願って、何度泣き寝入りした事だろう。

何度皆に会いたいと願って。

ただ顔を見ようとするだけなら簡単だ。手元にある漫画を開けばいい。声を感じたければアニメを見れば良い。だけど、ユカがそうしたのは、帰って来たばかりのたった一度だけだった。どんなに会いたく雲雀さん達を近くに感じたくてもそれ以上回数を重ねた事はない。
でもその時はリボーンの世界に行っていた事が信じられなくて、本を手に取った。
結果、絶望した。
ニ度と開こうとは思わなかった。漫画の紙面にいる彼らは確かに彼らだった。だけれど、ちゃんと実在して感情を持って動いている彼らを見てしまったあとは、どうしても紙面の中の彼らは違うと、無機物な物にしか見れなかった。
そう言えば作者の人にとっても失礼にあたることは重々承知だった。が、画面の中でせわしなく動いている彼らを見てもやはり同じような事しか思わなかった。近くに感じたくて開いたはずなのに、むしろ遠くに存在を感じてしまった。

虚しくなった。やはり私達には世界の違いという大きな壁があったから、だからあんな幸せな時が続くなんてことはなかったのだ。
では、こちらで恋人を探して結婚をして、子供をこさえて家族で幸せに暮らせるのだろうか、と考えると、今はまだ想像がつかない。徐々にそうなっていくんだろうな、とは思うんだけれど。今はまだ、少なくとももう数年先は雲雀さんを忘れることなんてできないんだろう、私は。
それでもいいと思えてしまう私を、いつもそれでは駄目だと諌めてくれるのも友人の役割になってしまった。
昔に大恋愛をして、今はその思い出があればいいと言えばいつも、昔は昔、今は今!新しい人を見つけなさいという友人に眉尻を下げて笑う流れが出来たのはいつからだっただろうか。






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あきゅろす。
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