雲珠桜は夏に彩る
一宿一飯の恩義07
「ここには戦闘員が何人か残る。少なくとも外に出るよりは安全だ。…………白蘭に見つからなければ、の話だがな」
覚悟がないなら置いていく。γはそう言っている。足手まといになるくらいなら置いていく方がましだと。
それには私も同感だ。ここに逃げ込んだときは勢いと言うものがあったし、逃げ道もなかったから敢えて危険を選んだ。覚悟も持っているつもりだった。だが………今は違う。
守ってくれると言ってくれる人がいる。
安心できる場所がある。
いつ来るか分からないが、もしかしたらフランの言うように助けが来てくれるかもしれない。それまで待てる場所が、今はある。
…………それまでの時間が私あれば。
「…………」
しかし、今の私にそんな時間が果たして残されているのか?いつ来るか…………否、来るかもわからない救援を待ち望んで、安全と保身を選んで、今ある時間を無駄にしてしまってもいいのか?私はそうするべきなのか?…………ああ。髪が鬱陶しい。
考え込んで俯くと前に項垂れる、私の伸びた髪。それは私の頭の中を再現するように、私の視界を遮っていく。考えてみれば、こちらに来てから一度も切ってはいない。髪の長さはとっくに肩のラインを越えて、けして短いとは言えない長さになっている。
最初はあんなに短かったはずなのに。
「…………私、は」
「…………」
γは決断を急かすような真似はけしてしなかった。敢えて私の意思で決めさせるつもりだ。それが寧ろ答えを急かされているように感じるとは知らずに。…………だけどそれなのに、何故か私はこの自前の髪を通して、別の事を考え出していた。
こちらに来てから一度も切ってはいないこの髪。髪が一センチ伸びる毎に皆の思い出が増えていった。
楽しい思い出。
悲しい思い出。
辛い思い出。
色んな思い出があるが、一番は楽しいものが印象に色濃く残っている。前の世界に負けないものを沢山ツナ達が、雲雀さんが作ってくれた。こちらに来てからの思い出が、全てこの髪に詰まっているような気がした。
…………だから。
「…………ごめん野猿。ハサミってある?」
「え?…………ああ、確かこっちに」
「貸して」
「いいけど何に使うんだ?」
野猿は笑顔を浮かべた私に、恐る恐るハサミを渡してくれた。私はそれをお礼をいって受け取る。野猿の質問にも、黙って答えた。
私には時間がない。それは…………いや、それが確かな事実。
「…………おい。何するつもり、」
「γさん。私決めました」
ハサミをじっと見つめた私。不審に思ったγが、私に話しかける。
「!?」
直後。私はハサミを持ち直した。
ジャキッ…………!
部屋にはハサミが髪に通る音と、この部屋にいる全ての人の息を飲む音が響き渡る。私はそれを無視するように、夢中になって手を動かした。
ジャキッ………
ジャキッ………
ジャキッ………。
一度一度の刃が擦れる音が大きい。ハサミの音は、周りのもののようには一向に止まる様子を見せることはなかった。
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