雲珠桜は夏に彩る 非常時での日常09 「そんな必要はない」 「え。いや、あるよ」 「必要ないさ」 「いや、だからね」 「ユカが痣だらけになってまで強くならなくて良い。…………僕が強くなれば良い話だ」 雲雀さんは今日一日で私の体に出来た、あっちこっちにある小さな痣を見ながら呟いた。 今日出来た痣は、それこそ小さいもので、明日には跡形もなく消えているようなものばかりだ。だから私は大して気にしていなかったのだが、雲雀さんには目に留まったらしい。…………眉間に眉を潜めて言っていた。 私は雲雀さんのその言葉に何か返そうと口を開くが、言葉を発する前に雲雀さんは私の横を通りすぎる間際、私の頭にポンッ、と手を置いた。 「ひば…………」 「僕は明日…………いや、今日からここを開ける。多分、しばらく帰らない」 「え…………?って、今日!?まさか今から!?」 「うん。大人しくしていなよ」 「!?一体何しに…………」 「あの人を、咬み殺すのさ」 ちょっと上を向けばチロリと見える雲雀さんの八重歯。…………わお。怖い笑顔だこと。 「そのまま帰らないって…………」 「その間、気に食わないけど…………少しだけなら群れてて良い」 「雲雀さん?」 「じゃあ」 大人しくしていなよ。 …………そう私の耳元で呟いて、頭に乗せていた雲雀さんの手が、私の髪をグシャグシャにするかのように掻き回した。文句を言ってやろうと髪の間から目を覗かせ振り向くが、すでに雲雀さんは私の後方にいる。 何かが胸の中につっかえる。その、何かが私には分からなくて…………勢い任せに何も考えず、声を張り上げた。 「雲雀さん!」 「?」 私の声で雲雀さんは振り向いてくれる。何故かその事が無性に嬉しくなった。 「戦うのも程々にしときなよ!」 「…………」 「いってらっしゃい!」 「…………行ってくる」 胸の中の何かが、つっかえが取れた。 私の言葉を聞いた雲雀さんは……小さく、ほんのわずかな時間だけだけど、笑った。 私に向けて、あの戦闘の時に見せるような笑みじゃなくて、少し可笑しそうな顔をして、笑った。 「…………!」 言ってやったのはこっちだと思ったのに、初めて見るその笑みに、負けたと思った。 [*前へ][次へ#] |