東京の兎と浪速の虎
第5R 「浪速の虎への挑戦」
〜愛癒兎 Sido 7〜
あれから数日、会長と八木さんはタイから戻ってきた。
八木「愛癒兎ちゃん。」
「八木さん、おかえりなさい。」
八木「一歩君のことで、会長と本人を交えて話をするから、愛癒兎ちゃんも会長室に来てよ。」
「わかりました。」
〜会長室〜
鴨川「なに?拳に直接麻酔を?」
一歩「はい、そういう前例もあるって言うし。」
それに対して、会長と八木さんは黙る。
一歩「お願いします!試合の許可をください!」
一歩は頭を下げて会長に頼んだ。
八木「たしかにそういう前例もあるよ、でも拳の怪我はクセになりやすくて、一度や二度の泣で済まないのが現実なんだ。
長い目で見たら、完全に治した方がいいと思うよ。」
八木さんはそう説得するが、一歩は頭を上げない。
八木「一歩君!これはとっても大事な・・・!」
鴨川「無駄じゃよ八木ちゃん、こ奴は言い出したら、ちょっとやそっとじゃ聞かんわい。」
会長は一歩の一途な思いに折れた。
鴨川「愛癒兎、持ってきてくれるかの?」
「わかりました。」
ウチは会長室にある本棚から、溜めていたボクシング雑誌を数冊持ってきた。
一歩「これは?」
「一歩を刺激するといけないって会長に言われてたから見せなかった、千堂の資料だよ。」
一歩「え?」
鴨川「千堂は貴様と同じコテコテのインファイターじゃ、お世辞にもディフェンスの上手いボクサーとは言えん。
だが、その欠点を補って余りあるものがこ奴にはある。」
「並の破壊力じゃない、当然もらった相手は病院送りになった。
幸い、命に別状はなかったものの、ボクサーとして再びリングに上がることはないだろうね。」
そこまで伝えると、会長は一歩に念を押す。
鴨川「いいか、貴様はこの男とやろうと言うんじゃぞ、しかも、ハンデを抱えてじゃ。」
あえて、強めに言い放つ。
一歩「すごいや千堂さんは、実際手を合わせたらと思うと寒気がしますね!」
だが、一歩はとてもうれしそうに目を輝かせた。
「セリフと表情が逆ですね。」
鴨川「くそぅ、めげん奴じゃわい。」
会長はなんとか一歩に諦めさせようと説得するが、どれも通じない。
鴨川「小僧、ひとつ聞くぞ。
ボクシングは過酷なスポーツじゃ、選手としてやっていける期間はあまりにも短い。
その短い選手生命を自らの手で縮めることになってもいいのか?」
一歩「拳がボクサーの命だってことはわかってます、でも、怪我がクセになって潰れるようなら、ボクサーとしてボクはそこまでだと。」
気弱な一歩がそこまで言い放つと、会長は一歩の気持ちを優先した。
鴨川「ただし!まだ100%やると決めたわけではない、棄権か強行かは、当日までの拳の治り具合を見て判断する、それで文句なかろう!」
一歩「はい!」
そのあと、ウチらは鷹村を連れて外でのトレーニングへ出かけた。
一歩「こうですか?」
今の一歩は、四つん這いの逆の恰好をしている。
鷹村「へへ、いい格好だぞ。」
鷹村は他人事のように笑っている。
「お前もやるんだよ。」
ウチは余裕をかましている鷹村の頬を叩いた。
鷹村「なにぃ?」
鴨川「タイにはタフなボクサーが多い、キックボクシングの打撃に耐えてきとるんでな、あのスタミナに対抗するためにこの練習を考案したんじゃ。」
鷹村「アホくせぇ、今さらこのオレ様に体力作りなんぞやれってのか。」
鴨川「つべこべ言わずにやらんか!」
そのとき。
山口「一歩くーん!」
自転車から、ある女性が声をかけてきた。
一歩「あ、山口先生!」
山口「一歩君の練習が気になっちゃって、ジムに行ったらここだって聞いたから。」
鷹村「おい、誰だ?」
一歩「ボクがお世話になってる接骨院の先生ですけど。」
鷹村「なに?」
しばらく鷹村はその先生を品定めすると。
鷹村「これでいいんだな、ジジィ!」
一歩と同じ格好になった、だが目線は先生のミニスカートに釘付けだった。
“ったく、こいつは昔から変わんないんだから。”
鷹村の性格は熟知しているため、練習のやる気を出させるために、今日はウチもジャージの下にミニスカを履いていた、だがそれは無用のようだ。
鴨川「よし!そのまま50mダッシュを3往復じゃ!」
それを言うと、2人は顔を青くした。
「ハイ、GO!」
ウチは手を叩いて合図をした。
鷹村「くそぉ!」
鷹村と一歩は勢いよくその体制で走り出した、体力は明らかに鷹村の方があるから、スピードも速かった。
鷹村「でやぁーっ!」
鷹村は先生の足元に滑り込んだ。
「ハイ、いってらっしゃい。」
また送り出す。
鷹村「くそぉ!すぐに戻ってきてやるからなぁ!」
文句を言いつつも、鷹村は練習をこなす。
山口「おもしろい練習ですね、これは。」
鴨川「笑えるじゃろ。」
山口「えぇ、本当におもしろいわ。
体力増強と同時に、肩と広背筋まで鍛えられるし、今の一歩君にはもっとも適した練習かもしれないですね。
でも、見た目よりかなり堪える練習ですね、最初から3往復はキツイんじゃないかしら?」
まだそれぞれ1往復分しか見ていないというのに、ここまで的確に見抜いた先生は、よほど腕がたつようだ。
鴨川「そんなことは言っておれん、試合まで1ヶ月しかないんじゃ、勝てるボクサーを作るのがワシの役目じゃからな。」
山口「勝算は?」
鴨川「どうだかな、ガードが甘いとはいえ千堂はタフなボクサーじゃ、小僧のパワーが100%解放されない限り、倒すのは難しいじゃろう。」
山口「大阪には同伴させてくださいね、一歩君の右拳を限りなく100%の状態に近付けるのが、私の役目ですから。」
先生がそこまで言うと、鴨川会長は了解した。
山口「じゃ、また。」
そして先生は帰って行った。
“なるほどね、一歩が強気になるはずだわ。”
「あれは、いい先生だわ。」
そのとき。
鷹村「でやぁ!・・・・あ!」
先生のミニスカ目的で戻ってきた鷹村が、先生がいなくなってガッカリした。
「ハイ、もう1往復。」
鷹村「んだよ、帰っちまったのか、やる気なくなったぜ。」
「・・・・ふぅん。」
バサッ
ウチはジャージのズボンを脱ぎ、ミニスカートになった。
「これならどう?」
鷹村「よっしゃあ!」
鷹村はラスト1往復に走り出した。
“単純な奴。”
その後、2人はきっちりと練習を終え、ウチらはジムに戻ってきた。
〜鴨川ジム〜
「え?千堂のビデオ?」
木村「あるなら見てーよ。」
青木「一歩の相手するにも、千堂の動き、知っといた方がいいからな。」
一歩「そうですね。」
ウチらは、千堂の動きを研究するために、テレビのある部屋へ向かった、するとそこには先客がいた。
一歩「あ、鷹村さん、ビデオいいですか?」
鷹村「(ドキッ)おう!」
一歩「とにかくすごいですよ、あの破壊力は。」
木村「ふぅん。」
一歩「まぁ、見てください。」
一歩がビデオをセットする。
木村「あの野郎、一歩とやらせろなんて言ってたけど。」
青木「ガッカリさせんなよ?」
一歩「すっごいですよ。」
そしてビデオに映ったのは。
女『あはぁ〜ん』
一歩「なっ!/////」
千堂のビデオではなく、全裸の女性だった。
木村「たしかに破壊力あるな。」
青木「すんごいですな。」
2人はそう言いつつ、しっかりとウチに目隠しをしていた。
鷹村「許せ、そこら辺に置いてあるから、からテープかと思ってダビングしちまった。」
木村・青木「「はぁ・・・・。」」
一歩「なんてことするんですか!」
鷹村「そうムキになんなよ、途中で気付いたから試合は大丈夫だよ。」
すると、画面は千堂の試合に戻った。
一歩「はぁ、よかった。」
青木「おぉ、打たれてるな千堂は。」
木村「ガードが低いぜ。」
一歩「えぇ。」
打たれっぱなしの千堂だったが、ものすごい体制からパンチを放った。
「あの体制から?」
一歩「すごいでしょ!」
一歩の目は輝いている。
青木「気の強いやっちゃな、しかし、不十分な体制のクセにいいパンチ打ちやがる。」
「相当下半身が強い証拠だね。」
試合が進むに連れ、千堂が相手を追い込んでいく。
一歩「このあとです!フィニッシュの右ストレート!ガードを吹き飛ばしてすごいのが入るんです!」
皆で画面に釘付けになっていたそのとき。
女『あぁんすご〜い』
また鷹村がやらかした。
一歩「あ"ーーーーーーーっ!!」
鷹村「間違っちまったモンはしょうがねーだろ?」
鷹村は笑っている。
「一度ならず二度までも・・・!鷹村ぁ!」
バシッ
ウチは鷹村を思いきり殴った。
鷹村「いてぇ!なにしやがんだ!」
「木村!青木!他のテープも確認しろ!」
木村・青木「「へーい。」」
〜・〜・〜・〜
あれから一歩は、肩を鍛える筋トレを中心にメニューをこなしていた。
青木「明けても暮れても筋トレだよ、拳が使えねーからしょうがないけど。」
木村「でも、肩と腕は一回り大きくなったんじゃねーか?」
青木「あぁ、拳が全快になったらどんなパンチが飛び出すんだか。」
木村「やっぱ、愛癒兎がトレーナーに戻ってきてくれて正解だったな、あのトレーニング方法教えたのお前だろ?」
「今は肩を鍛えなくちゃ、じゃないと、千堂との試合で100%の力が出せないからね。」
“ここからが、トレーナーの腕の見せどころだ。”
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