東京の兎と浪速の虎
第14R 「兎と虎 初デート 2」
〜千堂 Sido 10〜
今日は約束の土曜日、ワイは試合のときのように気合を入れて待っていた。
“愛癒兎、どんな服装でくるんやろ。”
今は春、どんな服を着るか一番悩む季節だ、夜になると少し冷え込むため、ワイは長袖のシャツに革ジャン、下はジーパンだが、せっかくの愛癒兎とのデート、少し派手なベルトに、腰にはチェーンを付けて、髪型もビシッと決めて、ちょっとオシャレにしてみた。
女「ねぇ、ちょっとカッコよくない?」
女「ひとりなのかな?」
女「声かけちゃう?」
少し離れたところで、数人の女たちがコソコソと話していたが、まさか騒がれているのが自分だとは思っていなかった。
“なんや?近くにええ男でもおるんか?”
ポケットに手を突っ込みながら、暇つぶしに辺りを見回していたそのとき。
「千堂!」
階段の下から、ワイが聞きたかった声がした。
千堂「愛癒兎!」
名前を呼ぶと、愛癒兎は駆け足で階段を駆け上がり、ワイの下まで寄ってきた。
“走って来よるなんて、かわええやん!”
「ゴメン、待たせたかな?」
千堂「全然、ワイも今来たとこや!」
「そっか、よかった。」
愛癒兎がニコリと笑った。
“ごっつかわええやんけ・・・!”
愛癒兎の服装は相変わらずボーイッシュだが、ゆったりとしたオレンジのトップスに、ジーンズのショートパンツ、そしてニーハイソックス、さらに足元を見れば、シンプルかつ少しヒールが高いパンプスを履いていた。
「ん?千堂?」
千堂「あ、いや・・・愛癒兎がいつも以上にかわええなと思って。」
「!・・・あ、ありがと/////」
褒めるとすぐ顔を赤くする、そんな愛癒兎が可愛くてしょうがない。
千堂「よし!行くで!」
ワイは愛癒兎と並んで、ドームシティの入口をくぐった。
ワイワイ!ガヤガヤ!
園内に入ると、どこもかしこも賑やかだった、騒がしくて耳鳴りがするくらいだ。
千堂「愛癒兎、どれ乗るんや?」
「絶叫系って大丈夫?」
千堂「平気や!むしろ好きやで?」
「なら、サンダードルフィン乗りたい。」
千堂「ええで、行こうや!」
ワイらはサンダードルフィンの乗り場へ向かった、列に並んでいるとき、宣伝のためか暇つぶしのためか、テレビが置いてあり、お化け屋敷のムービーを流していた。
千堂「お化け屋敷か、ちょっとおもしろそうやな。」
「そ、そうだな・・・・。」
先ほどまでテンションMAXだったのに、急に愛癒兎は静かになった。
“こいつ、もしかして・・・。”
千堂「愛癒兎、怖いん?」
「え、なにが?」
千堂「お化け屋敷。」
「こ、怖くないよ!」
千堂「そーか、ならこれの次に行こうや。」
「わ、わかった・・・・。」
顔を盗み見れば、愛癒兎の顔は真っ青だった。
“おもしろーなってきよった。”
ワイは愛癒兎に気付かれないよう、ニヤける口元を手で隠した。
スタ「次の方、1番ゲートにお進みください。」
なんと、ワイらは一番前だった。
「やった!前じゃん!」
千堂「ジェットコースターは、やっぱ前やな。」
そして、いざコースターに乗り込むと、遊園地ならではの演出が待っていた。
スタ「それでは皆さん!ビバッ!」
全員「「ビバッ!」」
スタ「声が小さいですよ!もう一回!ビバッ!」
“なんやねん、このノリは・・・恥ずかしいわ。”
ワイは、子供向けの演出にノリ気ではなかった、だが。
「ビバッ!」
となりを見ると、愛癒兎は笑顔で参加していた。
千堂「・・・・!」
ワイよりひとつ年上だというのに、そんな子供みたいな笑顔が、とても輝いて見えた。
“ホンマ、ワイより年上かいな。”
内心、そんな子供な愛癒兎が微笑ましくて仕方がない。
スタ「では、いってらっしゃーい!」
長い演出が終わり、やっとコースターは出発した。
ガタン、ガタン・・・・
「うわ!高ッ!」
千堂「上るの早いな。」
コースターは徐々に上っていき、ついに頂上に上りつめた。
「け、結構たか・・・・!」
そして、一気に下へ駆け下りていった。
「きゃーーーーッ!!」
千堂「うひょーーーーっ!!」
さすが園内bP人気のコースターだ、迫力が違う。
「きゃーーーッ!!」
愛癒兎はさっきからとなりで叫びっぱなしだ。
“ま、そんだけ楽しんどるってこっちゃな。”
そしてしばらくすると、コースターはスタート地点に戻ってきた。
「あー、楽しかった!」
千堂「愛癒兎、かなり叫んどったな。」
「意外と怖くて、怖楽しいってヤツだよ。」
コースターのせいで、お互い髪の毛がボサボサだ。
千堂「愛癒兎、髪ボサボサやで。」
「千堂だって、髪が爆発してるよ。」
千堂「愛癒兎の方がすごいやん。」
そう言って、ワイは愛癒兎の髪に手を伸ばし、軽く整えてやった。
「ありがとう(ニコリ)」
それに対し、愛癒兎はふにゃりと笑った。
千堂「・・・・(ドキドキ)」
“ごっつかわええ顔すんなや!”
ワイは愛癒兎の抜けた笑顔にイチコロだ。
「次、なに乗る?」
千堂「んー、次は・・・・!」
そのとき、先ほどの約束を思い出した。
“そうや、この次はお化け屋敷に行くって約束したやんけ。。”
千堂「ほんなら愛癒兎、次は約束通り、お化け屋敷行こうや。」
「わ、わかった・・・。」
真っ青な顔をした愛癒兎を連れ、ワイはお化け屋敷へ向かった。
〜お化け屋敷〜
もうすぐワイらの番だと思い、チラリと愛癒兎に視線を向けると、彼女は青い顔をして固まっていた。
“そんな怖いんかい。”
千堂「愛癒兎、やっぱやめとくか?」
「こ、怖くないし!いいよ、入ろう!」
愛癒兎はワザと強がっている、だがよく見ると涙目だ。
“泣くほど怖いんなら、素直に言やええのに。”
そこは、年上としてのプライドだろうか。
千堂「ほな、入るで。」
ワイらはお化け屋敷の中へと進んで行った。
「・・・・千堂。」
千堂「なんや?」
「お化け出ても、置いてかない?」
千堂「どーしよーかのぉ。」
「え!?」
ワイが曖昧な返事をすると、愛癒兎はさらに顔を青くした。
“もう一押しやな。”
ワイはどうしても、愛癒兎から甘えてほしかった。
千堂「ワイはべつに怖ないけど、愛癒兎が怖がって動かんかったら置いてくかもしれへんな。」
「・・・置いてけぼり・・・!」
“さぁて、どないする?”
愛癒兎がどんな行動に出るのか、ワイは少し様子を見ていた、すると。
・・・・チョイチョイ
千堂「?」
「・・・手、繋いでもいい?」
軽く袖を引っ張って、涙で潤んだ瞳で上目遣いをしてお願いしてきた。
“アカン!それ反則やろっ!/////”
予想以上の可愛らしいお願いに、ワイが断る理由はなかった。
千堂「しゃあないな、ええで。」
内心デレデレなのを隠しながら、ワイは仕方のないように手を握った。
スタスタ・・・
薄暗い不気味な通路をゆっくり歩いて行くと、少し先の方で、なにか隠れているような気がした。
“あそこの壁、少し浮いとるな、通ったら出て来よるな。”
となりの愛癒兎は、この暗闇じゃそんな細かいところには目がいかないようだ、あと少しで通り過ぎる、3、2、1・・・。
ガタッ
お化け「うがあああっ!!」
少し通り過ぎたとき、斜めうしろからお化けが脅かしてきた。
「きゃーーーッ!!」
ぎゅっ!!
千堂「!?/////」
驚いた勢いで、愛癒兎は思いっきりワイに抱き付いた。
千堂「あ、愛癒兎・・・!」
役目を終えたお化けは、元の位置に戻って行った、それでも愛癒兎はまだ抱き付いている。
千堂「愛癒兎、もうお化けはいなくなったで?はよ行こや。」
「・・・ぅぅ、グス・・・!」
千堂「なっ!?」
抱き付いて離れない愛癒兎の表情を見ると、彼女は泣いていた。
千堂「な、泣かんでもええやん!」
ワイは泣き続ける愛癒兎に焦る。
「だ、だって・・・怖いから・・・ッ!」
涙をボロボロとこぼしながら、愛癒兎は途切れ途切れで必死に答える。
“・・・なんか、ワイが泣かしたみたいやん。”
怖がる愛癒兎が可愛いばかりに、ちょっとイタズラが過ぎたようだ。
千堂「愛癒兎、もう泣くなや、あともう少し歩けば外に出られるさかい、そしたら、なんか愛癒兎の好きなモンでも食べようや。」
「・・・・アイスでも・・・?」
千堂「ええで、そうしようや、だからもう少し歩けるか?」
「・・・・わかった。」
なんとか愛癒兎を落ち付かせて歩き出した。
スタスタ・・・・
それにしても、先ほどから愛癒兎はなんとか歩いているが、ワイの腕にガッシリと抱き付いている。
“涙目でそんな必死に抱き付いて、かわええとこあるやん。”
ガタガタッ
「きゃッ!」
ちょっと物音がすれば、すぐ小さい悲鳴をあげて、ワイの腕にしがみ付いてくる。
“お化け屋敷って、こんな天国やったっけ。”
愛癒兎に甘えられている、頼りにされているということから、ワイは内心デレデレもいいところだった、おそらく、今鏡で顔を見たらとてもだらしないだろう。
千堂「愛癒兎、もうすぐで出口やで。」
「(ほッ)」
“もうすぐで終わってまうがな。”
少しガッカリしながらも、これで愛癒兎も安心するだろうと思っていた、そのとき。
お化け「う"わあああっ!!」
うしろからお化けが追いかけてきた。
千堂「のわああっ!」
「きゃああッ!」
お化けに追いかけられると逃げたくなる、だからワイは愛癒兎の手を握って出口まで走った。
「ハァハァ・・・!やっと出てこられた・・・!」
千堂「最後のは、ワイもビックリしたわ。」
「千堂よく平気だね・・・あ。」
千堂「ん?」
愛癒兎につられて視線を手元に移す。
「ゴ、ゴメン!ずっと手、握りっぱなしで!」
千堂「構わん、それで愛癒兎が安心すんなら安いモンや。」
さっきまで真っ青だった愛癒兎の顔は、みるみる真っ赤に染まっていく。
“かわええなぁ。”
口元がニヤけるのがわかった。
「あ、千堂、アイスの前に乗りたいヤツがあるんだ。」
千堂「ええで、ほな行こか。」
また少し歩いて、次のアトラクションへ向かった、次のアトラクションは、上から落ちる際、思いっきり水をかぶるウォータースライダーだった。
千堂「濡れるから、ポンチョ買うか?」
「いいよ、こういう場所で買うと高くつくし、そんなに濡れないでしょ。」
愛癒兎がそう言うので、なにも買わずにそのまま乗り込もうとした。
スタ「1番2番に座ってくださいねー。」
「「え・・・・。」」
指定された座席を見ると、背もたれがあるのは2番で、1番に座った者は、自然的に2番の者に寄りかかる体制になる。
“ナイス作りや!”
千堂「ほんなら、愛癒兎が1番乗りや。」
「わかった。」
荷物をロッカーに預け、ワイらはアトラクションに乗り込んだ。
「千堂、うしろ大丈夫?」
千堂「全然平気や。」
実際座ってみると意外と密着度が高く、ワイが足を広げて座るその前に、愛癒兎がちょこんと座ってる感じだ。
“このアトラクション考えた奴、絶対カップル向けに狙っとるで。”
そう思った。
スタ「写真撮りまーす!」
そのとき、スタッフがカメラを構えていた。
千堂「写真か、たまにはええな。」
「撮ってもらおうか。」
そう言って、愛癒兎は可愛らしくピースしている。
“ポーズ・・・アレでええか。”
ワイはいつものクセで、拳を前に突き出すポーズをとった。
パシャッ
スタ「では、いってらっしゃーい!」
写真を撮ったあと、ワイらはトンネルの中に向かっていった、すると。
ガコンッ
「うわッ!」
千堂「!?」
坂を上るのに、愛癒兎はワイの方に倒れ込んできた。
「千堂、重くない?」
千堂「むしろ軽過ぎるくらいや。」
“この体制ごっつ天国やけど、はよ離れてもらわな、バレてまう・・・!”
愛癒兎を抱え込む体制になったのはうれしいのだが、このままだとワイの下半身が元気になってしまう、さすがに気付かれたらカッコ悪い。
「ふぅ、やっと上り終わった。」
千堂「せやな。」
先ほどの体制から少し離れてくれた、抱え込む体制に変わりはないのだが、完全にピッタリの体制からは少し離れてくれたおかげで、なんとか下半身は落ち着きを取り戻した。
“間一髪やで。”
そして、ワイらの目の前には落ちる寸前の坂が見えた。
「落ちる落ちる・・・・きゃーッ!」
バッシャーン!!
勢いよく落ちていき、ワイらは大量の水をかぶった。
「アハハ!意外と濡れちゃったね!」
千堂「こんなら、ポンチョ買うとけばよかったなぁ。」
そして、ワイらはビショビショのままアトラクションを降りた。
千堂「愛癒兎、楽しかったか?・・・・なっ・・・!」
振り返ると、先ほどの水しぶきのせいで、愛癒兎の服がかなり透けていた、濡れているから服がピッタリと張り付いていて、愛癒兎の抜群のプロポーションがハッキリとわかる。
“こんなんで歩かれたらアカン!”
ワイはスタッフからタオルを借りた。
千堂「ほれ!愛癒兎、早く体拭きや!」
そう言って、ワイは愛癒兎の頭をタオルでガシガシ拭いた。
「ありがとう、千堂(ニコッ)」
千堂「/////」
いつも以上に可愛く見えるのは、きっと服が濡れているせいだ。
千堂「ほな、アイス食べるんやろ?」
「うん!食べる!」
なんとか話題を変え、アイスでも食べて気を紛らわそうと考えた。
“アイス食べよって言うたはええけど、ホンマあるんかいな?”
少しフラフラと園内を歩いて探す。
「あ、31(サーティーワン)発見!」
愛癒兎がアイスクリーム店を見つけた。
千堂「なに食べるんや?」
「チョコにしようか、チーズケーキにしようか、迷うなぁ。」
愛癒兎は目を輝かせて悩んでいる、そんな姿も可愛らしい。
千堂「ゆっくり決めや。」
そのあと、ワイと愛癒兎の分のアイスを購入した。
「んー!おいしー!」
千堂「動き回って暑うなってたし、ちょうどええな。」
一口、また一口と食べていると、愛癒兎の口元にアイスが付いているのを見つけた。
千堂「愛癒兎、口にアイス付いとるで。」
「マジで?」
千堂「ジッとしてや。」
ス・・・・・
ワイは片手を愛癒兎の方へ伸ばして、軽くあごを掴んだ。
・・・ペロッ
そして、口元に付いていたアイスを舐めた。
「ッ!!?/////」
千堂「・・・・あっ!」
やってしまったとあとで“しまった”と思った。
千堂「あ、愛癒兎!今のは・・・!」
急いで謝ろうとしたら。
「〜〜〜ッ/////」
愛癒兎が今まで以上に顔を赤くさせていた。
千堂「あ、愛癒兎・・・・?」
恐る恐る声をかけてみる。
「・・・あ、えっと・・・アイスとれた?」
千堂「ん?お、おぉ、とれたで。」
「そっか、あ・・・ありがとね。」
愛癒兎は軽く笑ってみせた、真っ赤になった顔で。
“変な気、遣わせてしもーたかな。”
あの一瞬、ワイは理性が飛んだ、服が濡れていて、意外にもスタイルがいい愛癒兎に、ワイは理性を失い、ここぞとばかりにその口を舐めた。
千堂「ほ、ほな!次の行こうや!」
ワイはこの空気を変えるため、次のアトラクションに足を向けた、それに愛癒兎も頷き、着いてきてくれた。
〜・〜・〜・〜
だいぶ日が落ちてきた頃、ワイはどうしても乗りたいものがあった。
千堂「なぁ愛癒兎、最後に観覧車に乗らへん?」
「いいね、今夕方だから、景色も綺麗だと思うし。」
そしてワイらは観覧車に乗り込んだ。
「綺麗だなぁ。」
千堂「せ、せやな。」
ワイは観覧車に乗りたい理由があった、どうしても、愛癒兎と密室で2人きりになりたかったのだ。
運がよければ、となりに座りたいと思っていたら、なんと愛癒兎から座ってくれた、こんなラッキーなことはない。
「千堂。」
千堂「なんや?」
「せっかく景色が綺麗だから、一緒に写真撮ってもいい?」
千堂「もちろん、ええで。」
すると、愛癒兎はポケットからスマホを取り出して。
「ここ見てね。」
カメラの位置を指差しながら、スマホを前にかざしていた。
「はい、チーズ!」
パシャッ
ワイと写真が撮れたことがうれしかったのか、愛癒兎は上機嫌になっていた。
千堂「・・・・。」
そのとき、ワイは観覧車に乗ったもうひとつの理由を実行しようと覚悟を決めていた。
千堂「あ、愛癒兎、こっち向いて目ぇつぶってくれへん?」
「ん?いいよ。」
愛癒兎はなんの疑いもせず、ワイの方を向いて目をつぶった。
千堂「!(ドキドキ)」
夕日に照らされた愛癒兎の顔は、とても美しい顔だった、普段はこんな近くで見ることができない、だからラストチャンスと思い、その顔をジッと見つめていた。
“それにしても、綺麗な顔やな。”
ボクシング界でもイケメンと騒がれている宮田一郎の姉なだけはある、見つめれば見つめるほど、その容姿端麗な姿に魅了されていった。
長いまつげ、可愛らしい唇、そのすべてにキスをしたくなる衝動にかられる。
“覚悟を決めたやろ!するんや!決めるんや千堂武士!”
そう、観覧車に乗りたかったのは、愛癒兎にキスをしたかったからだ。
まだ付き合ってもいないから普通はダメだと思うが、そこはワイのルールを突き通す、キスしてから告白すればいい。
“はよキスするんや!”
これほど緊張したことはない、まだ試合の方が気が楽というものだ。
ドキ・・・ドキ・・・
千堂「・・・・!」
“あと・・・・2センチ・・・!”
だが。
“・・・ダメや、アカンわ。”
あと2センチで触れるところで、ワイは踏み止まった。
“やっぱ、好きでもない奴にキスされんのは、嫌やろな。”
愛癒兎の気持ちを考えると、ワイはキスすることができなかった。
「千堂、まだダメ?」
千堂「もうええで。」
愛癒兎は目を開けた。
「どうしたの?急に。」
千堂「髪にゴミが付いてたんや、それ取っただけや。」
「そっか、ありがと。」
どこまでも純粋なその笑顔を汚すことなど、ワイにはできなかった。
「あー、綺麗だったなぁ。」
観覧車を降りると、空はだいぶ暗くなっていた。
千堂「電車の時間があるやろ、そろそろ帰ろか。」
「そうだね。」
そして、ワイらは遊園地を出た。
〜駅〜
「今日はほんと楽しかった!ありがとう千堂!」
千堂「そか、なら誘った甲斐があったわ、また来ような。」
「うん!」
愛癒兎が改札を通ろうとしたそのとき。
ガシッ
「え?」
ワイは思わず、愛癒兎の手を掴んでいた。
「千堂、どうした?」
衝動的に掴んでしまったものだから、なにを話せばいいのかわからない、だがこのままなにも話さないのもおかしい。
“このままなにもせんで、愛癒兎を帰してええんか・・いや、アカン!”
ワイは決意した。
グイ
ワイは腕を引っ張り・・・。
・・・・ぎゅっ
愛癒兎を思いきり抱きしめた。
「せ、千堂!?/////」
千堂「・・・・。」
こうして抱きしめると、改めて愛癒兎は女なのだと実感する。
柔らかい感触、細い腰、小さい背中、そのすべてを守ってやりたいと思えてくる。
千堂「愛癒兎、今日はホンマ楽しかった、また誘うわ。」
耳元で囁いてから、抱きしめていた体を離した。
千堂「ほな、帰り気ぃつけや。」
「・・・あ、うん、それじゃ。」
愛癒兎はぎこちない動きで、改札を通っていった、ワイはその小さな背中を見届けてから、また後楽園ホールの方へ足を向けていた。
千堂「・・・・。」
“ホンマ、小さな体やわ。”
女というものは、あそこまでか細いのだろうか、よくあんな小さな体で、いくつもの試練を乗り越えてきたものだ。
“女ってのは、いくつになっても強いんやなぁ。”
家にいるばあちゃんのことを思い出して、つい小さく笑う。
ピタ・・・
後楽園ホールの目の前で、その足を止める。
千堂「・・・・・!」
シュビッ
“次は、勝つ!!”
ホールに向かって拳を突き出し、ワイの決意を改めて固め、また駅の方へ戻って行った。
〜愛癒兎 Sido 18〜
ガタン、ゴトン・・・
帰りの電車の中で、ウチはボーッと外を眺めていた。
“今日は、いろんなことがあったなぁ。”
せっかくの遊園地デート、なにか進展があれば大成功と思っていたが、まさかあんな展開になるとは思ってもみなかった。
「・・・・・・/////」
アイスが付いていたのをとってくれようとしたのはありがたいが、まさか舐められるとは・・・普通の恋人同士でもなかなかしないだろう、ましてやキスよりもハードルが高いのではと思う。
そして帰りのハグ、千堂は抱きしめるのがクセなのだろうか?もしやウチに少なからずとも好意があるから、あぁやって接してくれるのか、それとも、大阪ならではの軽いコミュニケーションのつもりなのか、本人に聞かなければわからないことだらけだ。
“千堂って、モテそうだな。”
ボクシングバカだが、顔はイケメンだし、さりげない優しさもある、それに一緒にいて楽しい、飽きることがない、そしてバカでそそっかしいところも、年上としての母性本能をくすぐられる。
そしてなによりも、普段は明るいやんちゃ坊主かと思えば、ボクシングの試合のときには、眼光の鋭い男前な風貌になるギャップ。
「カッコ可愛いんだよね。」
そう、千堂はカッコいいし可愛いのだ。
ウチには一郎という弟がいるが、あそこまで手の焼ける少年時代ではなかったし、なによりクールでおとなしかった。
“一郎も可愛いけど、千堂はなんか違うんだよね。”
2人とも猫っぽいが、一郎は飼猫で、千堂は野良猫というイメージがある。
どちらにしたって、千堂には手のつけられないイメージが定着している。
“ま、それでこそ男の子だな。”
ウチは千堂のことから、明日鷹村たちにどうやって誤魔化そうかという考えに切り替え、駅のホームへ足をおろした。
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