「犬塚」 「あ、はい!」 ビクっと体が震えた。 オレのデスクの上から降ってきた声は上司の声で、自分が手を動かしていないことを咎めにきたのかと思ったら、そうじゃないようだ。 えらく機嫌がいいようだった。 (見合いのこと、かよ) 一気に気分が冷める。ニコニコとして声をかけてきた上司が恨めしい。それでも仕事は仕事、仕方ない。諦めなければ、精進はない。 「どうかしましたか」 「この前の取引先のお嬢様、ヒナタさんといったか」 「…はぁ」 「お前とまた会いたいと。今週の日曜は空いてるか、ということらしいが」 「…おそらくは、」 「絶対空けておいてくれよ、もう約束はとりつけた」 「え……!!」 そんな勝手な。オレに承諾を得ることもせずに?会社の利益の為に?冗談じゃねーよ、死ねよクソジジイ、仕事全部こっちに回して楽しやがって。 そう言いたいのは山々だが、オレにはそんな権力はない。勇気もなかった。 「どうかしたか?」 「…いいえ、りょーかいっす」 すこし敬語を崩すくらいの抵抗しか、オレはできないのだ。 |