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Bluesky Blue
A side-18

「えーと、さ。そのままじゃ、風邪引くだろ。着替え取ってきてやるから、服着ろよ」
「あ、うん」

再び口を開いた月村が発した言葉は、本当に彼が言いたかったこととは違う気がした。
脱衣場に置いてくれてあった着替えを取りに行くために、ベッドから立ち上がった月村を、今度は引き止めずに見送る。
本当は、何を言おうとしたんだろう。気にはなったけど、昨日からいろんなことがありすぎて自分のことで一杯いっぱいだった俺は、それ以上考えることを止めてしまった。


すぐに戻ってきた月村が、俺に着替え一式を渡してキッチンへと姿を消した。まだ少しだるい身体を気にしつつ起き上がって、もぞもぞと服を着る。月村が中坊ん時に着てた服、らしい。それでも大きいってどういうことだ、と口の中でブツブツ文句を言いながら、シャツの袖とズボンの裾を折り返した。

「ぷ」

キッチンの方角から噴き出す声。

「何だよ、何笑ってんだよ」
「いや、何でもない。……大きかったか?」
「うるさいな。サイズぴったりだろ」

くるりと背中を向けた月村の肩がふるふると震えてる。――失礼な奴! 少し濡れてるバスタオルを丸めて、無礼にも笑ってる背中に向けて投げつけてやった。
ベッドから降りてみても、もうふらつかないみたいだ。月村が冷たい水を持ってきて、手渡してくれる。

「もう大丈夫みたいだけど、一応水分補給はしとけ」
「うん、ありがと」
「自力で飲めないほど弱ってんなら、口移ししてやるぞ?」

人の悪い笑みを浮かべた月村が、ガシガシ俺の頭を掻き混ぜてからかう。ボッと頬が燃えるように熱くなった。

「ば、バカか! 自分で飲めるっつーの!」
「それは残念」

どこまでが冗談なのかよくわからないけど、からかわれっぱなしなのが悔しい。そりゃあ俺は月村に比べたら見た目も中身もガキっぽいけどさ。だからってまるっきり子供ってわけじゃないんだからな、と睨んでみても、一向に堪える様子はなくて。
うん、本気でちょっと悔しくなってきた。軽く反撃してやろう、と考えて、俺は水の入ったグラスを月村に押し付けた。

「え、何?」
「やっぱり、お子様な俺は自力で水も飲めないみたいだし」
「は?」
「口移し、してくれるんじゃないの?」

キョトンとしてる月村に、ニンマリと、笑ってみせた。




「っ、……ぅんっ」
「――零すなよ」
「ちょ、まっ……、つき、むら!」

唇から零れて顎に伝う水を追うように、月村の舌が舐め取っていく。ぞくりとうなじに粟が立った。


冗談、のはずだったんだけど。子ども扱いされてからかわれたお返しを少しだけって、それだけのつもりで。なのに。

月村の口中で僅かに温まった、それでも充分に冷たい水が、重ねた唇から俺の喉に少しずつ下りていった。口移しで水を飲ませられるなんて初めて経験したけど、限りなくキスに近い触れ合いに、気持ちごと躰も流されてしまいそうになる。
やがて水が無くなってしまっても、月村は俺を放さなかった。介する水を失うことで、この行為は紛れもないキスになる。
空になったグラスをベッドの上に放り投げて、月村が空いた手で俺の腰を引き寄せた。身長が違うから少し屈んでる月村と、胸は離れているのに下半身が密着する体勢になった。ビリッと腰の辺りに電流が走る。ヤバい、感じてる場合じゃないっていうのに、こういうことに慣れてない俺は情けないくらい素直に反応してしまう。
ああ、それにしても。
初めてのキスの相手はリョウ。ふたり目が月村。何で男ばっかりなんだよ。運動会のフォークダンス以外じゃ、女の子の手も握ったことがないのに。さっきまでとは違う意味で、泣きたい。

口内を巧みに刺激されて、やけに甘い吐息を洩らしてしまった。

「煽んなよ」

口付けを解いて、それでも唇同士はまだ触れ合う距離で、月村が掠れた声で囁いた。月村の唇が動くたびに、ざわざわと何かが俺の中で生まれてる気がする。

「煽って、ない、……んっ」

まるで喰らい付くような獰猛なキスに、膝が笑って力が入らなくなる。恐怖でも嫌悪でもない、自分でも掴みきれない感情こそが怖くて、俺は月村のシャツをただひとつの頼りのように、必死になってしがみついた。

リョウのキスを、忘れてしまう。片手でも余る、たった数度のキス。それでもたぶん俺にとって、それはすごく大切なもので。リョウを忘れられる日まで、忘れられないのだとしたらおそらく死ぬまで、数え切れないくらいに思い出しては胸の内で抱き締めるはずだった、リョウの唇の感触。それが薄れてしまうことが切なくて、哀しくて、ギュッと閉じた瞼の際に涙が滲んだ。ひくりと喉が震えて、目尻に留まり損ねた涙がツ、と頬を伝う。

キスは、その始まりと同じように、唐突に終わった。

「……悪かった」

俺の頬を掌で拭いながら、月村が低く謝罪を口にする。肩で息をしつつ閉ざしていた瞼を上げると、何だか傷付いたような表情で、月村が俺を見下ろしていた。

「忘れてくれ。――頭、冷やしてくる」

低くざらついた声がそう告げて、長い腕が俺の腰から離れる。背中を向けかけていた月村の手を、どうして引き止めてしまったのか、自分でもわからない。同性にいきなりキスされたら、普通はもっと気持ち悪かったり怒ったりするもんなんだと思うけど、そういう感覚は不思議なくらい俺の中になかった。リョウで免疫がついてしまったのかもしれない、なんて思って、また少し切なさが蘇る。
身体の脇に力なく垂らされた骨ばった手首を掴むと、ビクッと逞しい肩が揺れた。ゆっくりと振り向いた顔は、何かを恐れているような、さっきまで俺を好き勝手に貪っていた男のものとは思えないほどに弱々しい。

「……中原?」
「謝るなよ。その方が傷付くだろ」
「え?」
「俺の方こそ、煽ったつもりはなかったけど……っていうかさ、俺ごときにあっさり煽られんな、バカ」

驚いたように目を見開いた月村の口元が、ふっと穏やかに笑みを浮かべた。ああ、声も好きだけど、この笑顔も好きだ。リョウに対して感じるような焦がれる熱さはそこにはないけれど。

「風呂、入ってくる」

身体を半分捻じ曲げて、月村がまた俺の頭をガシガシ撫でた。この感触も好き。気持ち良くて、すごく安心して、猫みたいに喉を鳴らしたくなる。

「俺ごとき、なんてお前は言うけど」

大好きな声が、微かな熱を孕むのを聞き取って、俺はわけもわからずに緊張した。すっと掌が離れていく。

「お前だから――俺は、煽られるんだよ」


その言葉は、浴室に向かった月村の背中から、はっきりと俺の耳に届いた。



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