[携帯モード] [URL送信]

俺のヴァージンロード


 頭にピンク色の靄がかかってるみたい。

 刺激的すぎる昼休みの後、会社に戻った俺は、さっぱり仕事が手に着かなかった。

 紫蘭が男だった、というのも、もちろんショックではあるんだけど、それよりも。
 陸雄に教えられた男同士のセックスについての方が、俺にとっては衝撃的だった。
 更に、俺が一番ショックを受けたのは、紫蘭がいわゆるタチだったということ。だってそれはつまり、もしかしなくても俺が抱かれる方になるってことで。

 ムリ。絶対、ムリ。痛いかも、とか、怖い、とかじゃない。そんなのは、紫蘭が悦んでくれるなら、俺は我慢できる。
 でも、紫蘭に抱かれてる自分を想像したときの、全身鳥肌が立つような気持ち悪さだけは、生理的なものだ。
 これまでの人生で、自分が抱かれる側になることなんて、考えたこともなかった。相手が誰かは関係ない。紫蘭相手なら、たとえ男同士でも、俺が抱く方であれば嫌悪感はない。きっと、充分にその気になれると思う。

 PCで書類を作成していた手が、パタリと止まった。
 頭が回らなくなってたから気付かなかったけど、紫蘭がタチということは。

 陸雄……ネコ?

「うわ……っ、考えちゃいけない気がする」

 恐ろしくも不気味な想像をしそうになって、思わず零した言葉を、隣のデスクの陸雄が拾い上げた。

「何? 仕事中に由耶ちゃんったら、何考えてんのかな?」
「なっ、何でもないっ」
「いいから、言ってみろよ。どうせ紫蘭のことだろ?」

 紫蘭のことっていうか。
 俺は、できる限り陸雄に顔を寄せて、ひそひそ声で訊いてみた。

「あのさ……陸雄、紫蘭さんとエッチした時って、やっぱり、その……お、女役だった、ワケ?」
「おう。俺、あれでネコに目覚めたわ」
「目覚めるなよっ!」

 うう。訊くんじゃなかった。
 何だかひどくげっそりした気分で、俺は軽く頭を振る。デンジャラスな映像を、払いのけるように。

「んまっ、由耶ちゃんたら、失礼しちゃうわね。今、想像してキモチワルイとか思ったでしょ!」
「キモチワルイもんをキモチワルイって思って、何が悪い!?」

 ぞわぞわしてる二の腕をさすりながら小声で噛み付く。

「だいたい、あんな綺麗なひとが何で攻める方なんだよ? 絵的にもおかしいだろ、そんなの!」

 駄々をこねてるのと変わりない、ガキみたいな俺の言い分は鼻を鳴らして受け流し、陸雄が微かに眉をひそめた。

「確かに女装してるときの見た目は、タチっぽくないけどさ。さっきも言ったろ? アイツは、男なんだ。俺たちと同じ、男。──で、お前はどうなんだよ? それをわかった上で、紫蘭のこと、ちゃんと受け入れてやれるのか?」

 急にそんなこと大真面目に訊かれても、返答に困る。そういう経験がない俺に、すぐに答えが出せるわけもない。

「……紫蘭さんへの気持ちは、変わらない」

 とりあえず、はっきり言えるのはそれだけだ。
 男の紫蘭。俺には想像もできない。でも、付き合い出したばかりの頃ならいざ知らず、今の俺は紫蘭の外見だけに惹かれてるわけじゃないから。たとえ見た目が男になっても、中身が紫蘭なら、俺はきっと彼を愛する。
 ただ。……ベッドイン、って状況になったときに、逃げ出さずにいられるかどうかは、わからないけど。

「ふぅん。ま、現状では悪くない答えじゃねぇの? 紫蘭が男でも、それが理由で拒むことはないってわけだろ?」
「うん。それは、ない」
「なら、紫蘭にもそう言ってやるんだな。多分アイツ、お前以上に悩んでると思うぞ」

 簡単そうに陸雄は言ってくれるけど、そんなこと、俺からは口に出せないような気がする。どう切り出せばいいのかもわからない。

「男でも愛してるって、ストレートに言やいいじゃん」
「いっ、言えるわけないだろ!」
「何でだよ。紫蘭が悩んでんの、カワイソーだって思わねぇの、お前?」
「そうじゃないけどっ。心の準備ってものが」

 そうだ。心の準備。
 紫蘭が男でも好きだという気持ちは変わらない。でも、変わる部分もあるわけで。

 自分が抱かれる方になると知った瞬間から、その行為に対して逃げ腰になってる俺が、性別なんか気にしないといくら言ってみたところで信憑性はない。覚悟を決めて事に及んで、もしどうしても受け入れることができなかったら、結局は紫蘭を傷付けてしまう。

 どうしよう。どうしたらいいんだろう。
 すごく好きなのに。ホントに、ホントに好きなのに。

「──紫蘭さんが、ネコになってくれるのって……」
「んー。期待しない方がいいな、それ」

 思い付く唯一の希望も、あっさり否定されてしまって、俺は仕事中ってことも忘れて、PCの前で頭を抱えた。

「何をそんなに苦悩してるんだよ? だからさ、正直に言えって。好きだけど抱かれるのはムリだってさ」
「……そんなこと、言えない……」
「大丈夫だってば。アイツだって、お前がノンケってわかってんだから。ムリなことはムリって言わなきゃ、どっちも後でしんどいだけだろ?」
「そりゃそうだけど……」

 陸雄の言うことは確かに正しいと思う。
 紫蘭のことを考えただけでも胸の辺りがどうしようもなく疼く、それくらい紫蘭が好きで。どんな障害があったとしても、別れるなんて絶対できない。でも、自分が抱かれることには、激しい抵抗がある。
 それならば、陸雄の言う通り、正直にそれを紫蘭に話すしかない。

「まぁ、お前からは言いにくいのもわかるし、紫蘭から打ち明けてくるのを待つってのも、アリだとは思うけどな」

 泣きそうなくらい困り果ててる俺を見て、陸雄が溜め息混じりに囁く。
 それに負けない大きな溜め息を吐き出して、何の解決策も見いだせないまま、俺はのろのろと仕事に戻った。


 書類の作成は、ちっとも捗ってくれなかった。





[*前へ][次へ#]

5/19ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!