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俺のヴァージンロード


 ニューハーフと呼ばれる人たちについての、今までの俺の知識は、ひどく曖昧なものだった。
 テレビで見ることのある、身体もしっかり女性になったタレントくらいしか、そういう人たちを知らなかった。
 紫蘭の裸を見たことはないけど、何となく、紫蘭もテレビで見る人たちみたいに身体改造して、男性を受け入れられるようになっているんだと、勝手に俺は思い込んでいた。

 だから。


「――紫蘭は、男だ」

 陸雄が、低く呻くようにそう言ったとき。
 十回くらい瞬きをして考えて、それでもまだ俺は、その言葉の意味を正確には理解できなかった。

「うん、それは、知ってるけど。戸籍上、紫蘭さんは男、だよな」

 何を今更、という気持ちも少しあって。女じゃない、という程度のことは、いくら無知な俺でも出逢った最初から知っていたから。陸雄が何を言いたいのかわからなくて、訝しんで首を傾げる。
 陸雄は眉間に深くシワを寄せて、そんな俺を穴の開くほど見据えた後、目一杯脱力したような溜め息をつき、いつもの定食屋のテーブルに突っ伏した。腕の中に自分の顔を埋めて、もーやだ、とか、信じらんねー、とか、ブツクサ呟いてる。

「どうした、陸雄? 俺、何か変なこと言ったっけ?」
「変なことっつーか……お前、ホント、ピュアだよな」
「はぁ?」

 上半身はテーブルに突っ伏したまま、のろのろと顔だけを上げて俺を見る。そのどこか困り果てたような表情に、俺の方も反応に困ってしまう。

「紫蘭は、何も言ってないんだよな。……俺が言っちまっていいのかどうか……」

 あークソッ、と小さく毒づいて、がしがし自分の頭を掻き毟る。どうしたらいいか悩んでるときの、陸雄の癖だ。
 そんな陸雄の悩みっぷりを見ていたら、何を言われるのか、だんだん怖くなってきた。
 紫蘭のことなら、何でも知りたい。どんなことを聞いても、紫蘭が好きだという気持ちは変わらないと、自信を持って言い切れる。でも、これからもずっと紫蘭と付き合っていきたい俺にとって、今でさえたくさんある不安要素がこれ以上増えるのは、歓迎できることじゃなかった。

「どうするよ、由耶。紫蘭から聞くか? 俺の口から言っちまってもいいか?」
「ん……、でも、紫蘭さん、隠してることなんだろ?」
「隠してるっつーより、言い出し兼ねてるって感じじゃねぇの?」

 言うべきことは結構はっきり口にする紫蘭が、言い出し兼ねてる、それくらい、言いにくいこと。どうしよう、ますます怖い。でも、知りたい。二つの気持ちの間で、俺はグラグラ揺れて揺れて、目が回りそうになる。

「チラッとだけ、教えてくれるとか、無理?」
「チラッて、お前、パンツ見せるんじゃないんだから。……あー、わかったよ、んな顔すんなよ!」

 無茶なことを言ってるのは百も承知だ。でも、何やらすごくショッキングな内容が予想されるその話と、いきなり全面的に向き合うだけの勇気は、小心者の俺には持てなかった。
 縋るように見る俺の視線に負けたのか、陸雄がまた盛大な溜め息をつきながら、その溜め息と一緒にボソリと零した。

「紫蘭の、性別」

 思いっきり構えてた俺は、危うくずっこけそうになる。だから、それは知ってるって、さっきも言ったのに。

「戸籍通り」

 ああ、続きがあったのか。……え?

「戸籍通り?」
「そう」

 つまり、どういうことなんだろう? 戸籍上は男の紫蘭の、性別も男。え? ……それは、もしかして。
 ようやく薄々勘付いて息を呑んだ俺に、陸雄は単刀直入に切り込んだ。

「正真正銘、身も心も、紫蘭は男、ってことだ」



 ショックと安堵。陸雄の言葉に、そのどちらもを同時に感じた。

 そりゃ、ショックだ。あんな、どこからどう見ても絶世の美女にしか見えない紫蘭が、本当は男。
 身も心もってことは、触り心地のよさそうなあの魅力的な胸の膨らみも、本物じゃないんだ。いや、別に、大きいバストに惹かれたわけじゃないけど。
 俺が触ろうとしたら、紫蘭はいつもそれを拒んだ。抱き締め合う程度ならわからなくても、触ったらさすがに本物じゃないってわかるからなんだろう。
 そして、さっき陸雄が言ってたこと。胸がないのは、女の子だって小さい子もいるし、そんなに気にならないけど、こっちは……さすがに、俺もどう受け止めればいいのかわからない。
 付いてる、ってこと、だよな。俺と同じのが。結構デカい、とか、さっき陸雄が言ってたような気もするけど、それはまあ今のところは置いとこう。
 不思議と嫌悪感は感じていなかった。今まで、しっかり着衣してる紫蘭しか見たことがなかったから、実感がないだけなのかもしれない。想像してみても、どうしてもあの綺麗な顔の下に男の躰を繋げることができなくて。だから、もし実際に男の躰の紫蘭を目の前にしたら、動揺してしまうのかもしれない。それは本当に、いざそういう状況になってみないと、自分でもわからなかった。

 安堵したのは、紫蘭が俺に触れられることを頑なに拒んだ理由が、はっきりわかったから。
 それなら、もし俺が紫蘭の男の躰を受け入れられれば、俺たちはひとつになることができるんじゃないかって。

 ――あれ? でも……。

 男同士って、セックスできるんだろうか? できるとしたら、どうやって? 同じ躰だ。どちらも付いてるものはあっても、それを収めるべきところがない。
 新たに沸いた疑問に首を傾げる。ネットででも調べた方がいいのかな、なんて考えて、テーブルに向けていた視線を上げて、俺はハッとした。
 そんな遠回りしなくても、目の前に紫蘭と寝た男がいるじゃないか!

「陸雄!」
「うわっ、なっ何だよ、急に大声出すなよ! 心臓止まんだろうが!」

 本気でビックリしたらしい陸雄が、目を見開いて自分の胸元を手で押さえる。驚かせてごめん、とか思う余裕もない俺は、その手をすごい勢いで掴んで引き寄せ、それに擦り付けんばかりに深々と頭を下げた。

「教えて、お願い!」



 俺のその頼みをきっかけに、昼休み、いつもの定食屋で。
 真昼間には些か相応しくない、妖しいレクチャーが始まった。




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