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記憶の彼方―氷空戦記―
勇者、散る
「化け物は消えろ!」

「俺達と一緒にいんじゃねぇ!」

「呪われてるくせに何が『勇者』だ!」

突如、群衆の叫び声が一様に膨れ上がる。
何かと思うと横から何か重いものが動かされる音がし、見ればそこには立派な断頭台が百人程の人間に引っ張られてこちらに近づいてきた。その大きさには思わず愕然とされる。


――もうすぐ別れなければならない。そして俺にとって唯一「友」と呼べるそいつは此処で命を絶やすことになる。


「随分と立派な処刑台だな……」

傍らでそいつも同じモノを見て、苦笑いをした。やはりその表情からは恐怖感が全くないように見える。覚悟を決めたのか、それとも本心を隠しているのか、俺には分からなかった。
一方奴の方は特に反応するような仕草は見せず、黙って先程からずっと俯いている。
その女を垣間見たそいつもまたすぐにそっぽを向き、その表情は俺の場所から窺うことは出来なかった。

断頭台はすぐそこにまで近づいて、引っ張っていた人間はそこから離れ、群衆達に混ざっていった。

「………術を使ってこいつと異世界へ、逃げろ」

俺が断頭台を眺めていると背後から声がした。だがその声は何処かが震えている。

「術を唱える間は……俺が時間を、稼ぐ」

咄嗟に振り返るがそいつは既に背中を向けていた。手からは何やら氷のつぶてが渦巻いている。おそらくそれで剣を作るつもりだろう。

しかし奴――女が涙汲んだ目で命を絶やしに行くそいつを見て、そこへ駆けていき体を寄せた。そして手錠を引き千切ろうと必死に左右の手を引っ張るが、やはり外れない。
本当は抱き着く筈だったのだろう、だが無情にもそれは手に掛けられた錆びた鉄で妨げられる。

「……好きでした、貴方のことが。叶わない願いだと分かってても、私の気持ちは、変わりませんでした」

女の裾の奥から流れる血に塗れた右手は力なくそいつの服を掴んでいた。
だがそいつは振り向かず、ただ一言だけ告げる。

「……死ぬなよ」

それを聞いた女は顔を上げるが、同時にそいつの足は動き、女からあっという間に遠く離れていった。
両手で細長い氷の刃を握って、友は俺達の側にいた兵士を切り付け始める。兵士達が叫び、応援が呼ばれ、すぐに数え切れない程の人間がそいつを取り押さえるべくそこに向かっていった。
当然、俺達の周りには誰もいなくなる。

「彼は役目を果たそうとしています、ですから私の役目も果たさせて下さい……」

同じく残された女は傍に来る途中でぽつりと言い、祈り終えると俺を真っ向から見た。
その目はやはり覚悟を決めた友と同じ、真っ直ぐな目である。俺にとってはその目がもどかしい。

「貴方も自身の役目を見つけて、それを果たして下さい」

「……………」

『役目』、そんなモノは考えたことがなかった。ただ本能の赴くがままに生きてきた俺にとってそれは不必要なモノであり、嫌いなモノだったから。

「役目は他人から与えられた、それだけのモノではありません。自分にとって本当に必要だと思ってこそ、貴方自身の『役目』になります」

それが奴が俺に向けて言った、最期の言葉だった。
そう言った女は目を閉じ、手で印を結んで早口で呪文を唱え始める。足元には複雑な魔法陣が浮かび、そこからは光が溢れ出していた。
俺は、異変に気付き此処に向かおうとする何十人の敵を一人で阻む友の姿を見た。新たな斬撃による傷が既に幾箇所で刻まれている中、それでも怯まずに立ち向かっていく姿に、胸が痛む。
やがて光は俺達を包み、俺の視界は真っ白に遮られ友の姿を見ることは出来なくなっていた―――



「行った、か」

残った彼の戦友は、今は何も残ってない彼等がいた場所を見た。
手から氷の刃がするりと抜け、土を一面に覆う雪に突き刺さる。そして身柄を兵士に取り押さえられるが抵抗は全くしなかった。
ただ彼は澄み切り渡る青い空を見上げ、悲しげに笑う。


「叶わない願いか。なら俺も、同じだったな……」

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あきゅろす。
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