風邪っぴき勇者
「ただの風邪で良かったです。魔法を初めて使ったのなら、多分その疲れもあるのでしょう」
病棟は独立した建物だが、私の使う寮からはさほど離れておらず五分くらいしてすぐに着いた。
また病棟とは渡り廊下で繋がっているので、外にわざわざ出る必要もなかった。
ちなみに私の場合、戦闘による負傷者とは別の棟へ行ってそこで診てもらったのだが、負傷者を扱う棟は何故か立派な彫刻が施された銀色の扉があり、対してこちらは簡素なまっ白い扉だった。
中へ入ってみると大理石の床に白い壁の待合室に人は全くおらず、診断はすぐに受けることが出来た。
ここへ行くまででも、あんまり人とは擦れ違わなかったが。
しかしながらただの風邪というだけで、薬も何も貰えなかった。
行くだけ何だか無駄だった気もする。
「とりあえず今の貴方を連れて行くわけにもいきませんから、貴方を送ってからすぐに僕は一度長官に事情をお伝えしに会議室へ行ってきます」
つまり杳さんは会議室へ行く必要があるということだ。
その場合私の部屋まで向かってからでは、かなり遠回りになるだろう。
本当は何故珀と戦うのを承知したかについて訊きたかったが、嫌悪な仲なのもあるしここは年の近そうな珀に言うべきだと思った。
「すぐに行ってもらっても大丈夫ですよ。その、一応道筋は覚えてますし、長官……怖そうな人だったので」
すると杳さんはふふっと微かに笑った。
そんなに変なことを言ったっけと思いながら、先の言葉を思い返すと杳さんが説明し出した。
「あの人はちょっとしたことでいちいちガミガミ言う人じゃないですよ。変なことさえやらかさなければね」
「え?」
彼女に対する私のイメージが壊された。
一体どんな人なんだろうと考え直していると、杳さんがそうですねと言って続ける。
「長官は喜怒哀楽の分かりやすい人、というべきだと思いますよ」
つまり今回は偶然最初に怒っているところを見たせいで、そういうイメージが付いてしまっただけなのか。
すると突然上からビ――――ッという耳障りな電子音が響いて驚いていると、続けて男性の声がした。
『えー杳君と季沙、さん?この二人は直ちに第二会議室へ来るように。繰り返す、杳君と季沙さんは第二会議室へ来るように』
それは会議室に向かうことへの催促の放送だった。
それにしても一個目の『?』で何だか新入り丸出しにされた気がする。
そんなことを考えていると、杳さんが私のでこに自分の右手を当ててきた。
「本当は付いてあげたかったのですが……貴方のお言葉に甘えて、僕は此処でお別れします。部屋に着いたら余計なことはせず、ゆっくり寝て下さいね」
私のでこから右手を引くと、彼はそう告げて城へと続く別の渡り廊下を走っていった。
「杳さんの右手、冷たかったなぁ。いや、私のでこだけがそれだけ熱いってこと、かな……」
相変わらず頭痛も治まらず、改めて歩き出すと後ろから声がした。
「一緒には、行かないのか」
その声が誰なのか、すぐに分かった。
振り返って姿を確認すると、やはり私の思った通りだった。
「珀……?」
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