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覚えのない魔法
杳さんは槍を振るって幾つかの氷柱の降り注ぐ方向を逸らしながら避けようとするが、あまりの数に追い付いてないように見えた。
そして沢山の氷柱が彼に降り注いだせいで姿が遮られてしまい、杳さんがどうなってしまったのか此処からでは確認することが出来ない。

……って、よく見たらさっき杳さんが薙ぎ払ったものがこっちに飛び散ってきている?
それも掌サイズだし、当たるだけでは済まされないように見える。

こんな時に、炎技を使えれば……!

すると足元を中心に赤い魔方陣が浮かび、私は知らぬ間に両腕を勝手に大きく広げている。
両腕の真上には、四つの火の玉が熱を放出させながら浮いていた。

「ファイアーボール!!」

私が叫ぶと四つの火の玉から更に小さな火の粉が飛んでいった。
それぞれ氷柱に当たると爆発して粉々に砕け散り、あとには綺麗な破片がパラパラと落ちていくだけだった。

「あ、あれ?」

ハッとして我に返ると、突然気だるくなって地面に手をついてしまう。
というか私って、いつこんな技使えたんだろう?
自分のキャラにそんな技覚えてたっけと必死に回想してみるが、いつも大技ばかり使ってたし全く記憶に残ってなかった。

「ってちょっと!これくらいで倒れちゃって大丈夫なの!?」

横で茫然としていた眼鏡の女性が隣でしゃがみ込んで私の肩を叩いてきた。
思考をやめ、目の前の彼女を見てそういえばまだ杳さんと珀が戦っていることを思い出す。

「あ、はい……」

「壁際に寄ってから休んだ方がいいと思うけど。手貸してあげるよ?」

私はどうしようか悩んだ結果、彼女の言葉に甘えて差し出された右手を掴んだ。




私が壁に背を預けて座った時にはそこからでも杳さんの無事な姿を窺うことが出来ていた。
座ると雪が冷たくて体が凍えてしまいそうだが、その冷たさのお陰か眠気が少しマシになった気もする。

「……わざとこんなやり方をしたのですか」

杳さんの両足の甲にはそれぞれ二つの氷柱が深々と突き刺さっており、彼はそれを掴んで引っこ抜こうとした。
しかし少しそれが引っ張られて動こうとすればたちまち鋭い痛みが走ってくるのか、彼の苦しむ表情がより一層濃くなる。
見ている私までいたたまれない気分だ。
そんな私とは裏腹に、隣にいる彼女は背伸びをしてそんな情景には気にかけていないらしく、半目開きで軽く流している。

「両足で彼の動きを封じたようじゃ、もう勝負ありよねーさっさと終わってほしいなぁ」

軍部での環境がそうさせているからなのか、此処の人達って新人とかでなければ皆こういう風に見ているのだろうか。
それともやはり戦場の中にいることが彼女達にとって当たり前で、そうした環境に慣れてしまっているのか。

「何をしてるの」

椿が突然前へと出て、まだ勝敗のついてない舞台に足を踏み入れる。
杳さんは咄嗟に槍を構え直そうとすると、それよりも早く彼の喉元に一筋の刃が向けられた。

「椿嬢の前で、無礼を犯すな」

彼女の後に付いていた洩が先程のお返しだと言わんばかりに、静かに笑みを見せた。
先手を取られた杳さんは唇を噛み締めて、もどかしげに槍を下ろす。

珀はゆっくりと彼女の方へ金色の目を向けた。
何を思っているのか、相変わらずその目からは読み取れない。

「見れば分かるだろ」

椿は冷ややかな態度を取る彼とその返事に対して少し目を細めた後、洩と杳さんの元へと近寄ってきた。

「私が言いたいのはね、こういうことよ」

彼女は突然杳さんに向けられた剣の持ち手を掴むと、それを斜め上へと切り上げた。
白銀に磨き上げられた刃は杳さんの顎を掠め、そこから血がゆっくりと流れ出していた。
気付けば私の喉はからからになっており、声が上手く出せずにいた。
しかしその様子を見ても尚、珀は微動だにせず淡々と質問を切り返す。

「何の真似だ」

珀のあまりに落ち着いた雰囲気により、逆に焦燥感に駆られたのは彼女の方だった。
椿は洩の剣を奪って再び杳さんの喉元に突きつける。
今度はもうすぐで触れてしまうくらいに距離が短い。

「それで勝ったつもりなのか、訊いてるのよ」

するとようやく珀の表情が変わった。
それと同時に緊張感が増す。
唇は固く閉じられている代わりに、椿を見る両目だけは明らかに据わっていなかった。

……多分、怒っている。


「何やってんじゃお前等ぁ!!!」

しかし別の声が、彼等の間に漂う空気を突き破ってきた。

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