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青年の左腕
「じゃあ彼の腕が燃えててびっくりしなかったの?」

「いや凄くびっくりしましたけど」

こういった光景は映画のスタントマンとかが防火剤を付けた上で服に点火させてアクションシーンを撮っているのをテレビで見たくらいしかない。
しかも突然、それも目の前で人が燃えるだなんてさっきは思わず心臓が止まりそうになったくらいだ。
今でもたまに冷たい風がこちらに向かって吹くと、それに乗って焦げ臭い匂いがやってくる。

だがよく見ると杳さんの左腕に纏っている炎は確かに凄まじく燃え上がっているが、彼の服は全く焼け落ちる気配すら窺えなかった。

「あれが彼の十八番、『焔槍(ファイアランス)』。まぁ十八番かは知らないけど」

そんな彼女の表情はというと、そわそわするというよりむしろ楽しんでいそうだ。
やはり相手が獣人だと、見世物のように皆観賞しようとするのだろうか。

「彼の左腕は義手だけど、炎を出す術式が搭載されたハイスペックものなのよ!そこから炎を出して自己を守ることが出来るし、引火性のある素材で作られたあの槍を使えば敵もびっくりして腰なんか引けちゃうってわけ」

眼鏡の女性は得意げに説明を続けた。
まさに先輩面といった表情で、どうだと言わんばかりである。
今なら案外何でも答えてくれるかもしれない。

「じゃあ何で杳さんが称号を剥奪されたかは知っているんですか?」

すると彼女は目をきょとんとさせ、さっきの表情から一変して気だるそうにさぁね、とだけ答える。
彼女が知らないということは、この事情は特定の人でなければ分からないのだろう。
あとで珀にも訊いてみようと思い、私は改めて珀達に目を向けた。
彼等はその後沈黙を守ってはいるが、杳さんにおいてはその空気を破ってしまえば今にも襲いかからんとするような状態だ。

「……ちょっと待って下さい。これじゃ殺し合いになりかねないんじゃ」

「そうかもねー」

その後の私の質問には関心を示さず、眼鏡の女性は相変わらず好奇の目で観戦しているようだった。
椿と洩を見ると、あちらも数言会話をすると互いに頷き合った。
椿は審判の洩を取り残してこちらに戻ってくる。
一応眼鏡の女性がいるとはいえ、不正な判断がないか私も試合を嫌でも見ておく必要があるだろう。
洩が改めて右手をゆっくりと上げるのを、珀と杳さんは見逃さなかった。

「では両者……始め!」

洩の右手が振り下ろされたのと同時に珀と杳さんは地面を蹴って、瞬く間に飛び出していった。
すぐに、金属が何かにぶつかる音が連続して聴こえてくる。
二人共とても素早くて、私の目で捉えるのが何とかというくらいだった。
更に目を凝らしてみると、珀が杳さんの槍とぶつけているものの正体が見えてくる。

「考えてるのねー、自分の右腕をまるごと凍らせるなんて!人間じゃ凍傷して自滅するようなものだし」

珀は肘から先の凍りついた腕で、燃える槍の一突きを受け止めていた。

「杳は確かに強いわ。元々十字へ昇格する権限も持っていたくらいで槍の捌きようにおいては洩でも敵わなかったからね」

すると隣で腕を組んで観戦を続ける椿の声がした。
それにしても相変わらず大きな態度を取っている風に見えるのは沢山の装飾品を身に付けているからなのだろうか。

「けれど、珀は獣人。人間と獣人じゃ、身体能力の違いから話にならないわね」

決死の攻防が続く戦闘の中、ついに珀が動いた。
凍りついた右腕で彼の一突きを受け止めつつ、もう片方の手で拳を作り、瞬時にそれを杳さんの顔面へ入れようとする。

「!」

しかし杳さんはすぐにしゃがみ、珀の左腕は風を切る形になった。
その隙を突いて杳さんはがら空きになった珀の左脇を狙ってくるが、珀の氷の盾と化した右腕がそれを遮る。
だがそれまで杳さんの連撃を軽くいなしていた珀の表情が突然変わった。

「………火薬…」

そう言ったのとほぼ同時に、槍の穂先が轟音と共に爆発した。
巻き起こった爆風が珀の身体をいとも簡単に浮かせ、彼を高く吹き飛ばす。

「決まったわね!今のは絶対まともに喰らってる筈よ!」

すぐ隣で椿の舌打ちが聴こえた。
どうやら今の一発が結構なダメージを与えていることは間違いないらしい。

杳さんは追撃を喰らわす為、落ちてくる彼の真下で槍を上に向けて構え直している。
先端ではちっぽけな紅い火の玉が大きくなろうとしていた。
彼は満足げに勝ち誇った笑みを見せる。

「勝負、ありましたね」

しかし杳さんが勝ったと確信するのもつかの間だった。
突然珀が後ろに振り向き、背面から右手の人差し指と中指を大きく真一文字に横切ったのを目にした時、杳さんの笑みはすぐに消え去った。
珀の二本の指が通過した空間から大量の氷柱が杳さんめがけて降り注いだのを見た時、私は知らぬ間に口を両手で押さえていた。

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あきゅろす。
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