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交わらないもの
「そういえば杳さんって確か……太陽クラスのエースじゃなかったっけ?」

「何かやらかしたんだろ、称号剥奪されてるってことは」

軍人達の呟きが次々と耳に入ってくる。
やはり杳さんは太陽の称号を持っていて、軍人達の間でも評価は高かったらしい。
中には十字に昇格も出来たんじゃないか、っていう声も聞こえたし、実力は申し分ないものだったと思う。

そういえば椿や洩も太陽の称号を左胸に付けているし、その貫禄が周囲に影響を及ぼしているのもあるだろう。
それはただの富豪ではない、と現すにはうってつけになるものだった。

しかし杳さんはそんな言葉にも動揺の色すら見せず、相変わらずの柔和な微笑みを浮かべて自分の左手を胸に当てて答えた。
半分嫌味を混じらせて。

「決まっているでしょう、僕は女王様の命令に従っているだけです」

すると反対に彼女達が動揺し始めた。
周りにも同じように、それまで小刻みに震えていた空気が一瞬にして乱れ始める。

「女王様がどうして貴方なんかに……!」

椿がバンッと拳をテーブルに叩き付けたせいで、コップの中に入っている水が激しく揺らめいた。
ちょうどその傍に座る珀にとっては甚だ迷惑だと思うが、彼は眉一つ動かさない。

そんな彼とは反対に、杳さんは片手で頭を抱えながら大袈裟に振る舞って再び溜息をついた。

「僕に聞かないで頂けませんか、女王様のお考えなんて分かる筈がないでしょう」

「………っ!」

その頃にはもう完全に杳さんが、この場を取り仕切る形になっていた。
やはり女王は絶対的な権力を持っている以上、彼等も簡単には女王に疑いの目を向けられないんだと思う。
それこそ権力剥奪にも繋がりかねないだろう。

それにしてもそのことを巧みに扱う杳さんって、腹黒っぽい気がする……

「分かったわ、それなら貴方達に決闘を申し込みましょう」

暫く押し黙っていた椿がおもむろに口を開いた。
そして杳さんに人差し指を向ける。

「杳さん。貴方にその実力があるか、確かめさせてもらうわよ……珀を使ってね」

「は…!?」

椿の言う決闘の内容に、私は思わず驚きの声をあげてしまった。





朝になっても雪がちらつく城の中庭は当然ながら緑もなく、本来くつろぐ為にある筈のベンチも雪に埋もれて座る場所が今立つ位置と同じ高さになって、その機能を果たせなくなっていた。
整備された形跡もなく、この庭は荒廃していると言ってもおかしくないだろう。

外へ出ると自ら吐いた息が白い煙に姿を変えて、空気と溶け込んでいった。
頬が凍り付いているかと思うくらいに、ツァーリ国の気温は私が体験したことがない程の低さだった。
沙季が身につけていたこの軍服がなければ、こんな中に立っていることもきっと出来なかったのだろう。

「二人には予め、この腕輪を付けさせてもらうわ」

椿が指をパチンと鳴らすと何処からともなくがっつりした体型の軍人が中庭へやってきて、珀と杳さんに一見何の変哲もない銀色の腕輪を渡して去っていった。
珀はそれを受け取るとすぐにはめるのに対し、杳さんはその腕輪を訝しげに見つめている。

「これは何です?」

椿は城壁にもたれると、腕を組んでフンと鼻を鳴らした。

「それはこれから受けるダメージを帳消しにする為のものよ。腕輪を付けた者同士だけ、互いに攻撃して傷ついたとしても外せばその傷は完治するようにしているの」

成程、と杳さんは一度頷くとそれを右腕にはめた。
か細い杳さんの腕に腕輪はすっぽりと入ったのだが、その直後腕輪は鈍い光を放ちながら縮んでいった。

「これで外れることはないってことですね、貴方の会社の奇抜な発想には驚かされますよ」

椿は杳さんのお世辞に答えようとしなかった。
代わりに洩が一瞬で敵意剥き出しの表情になって、杳さんは再びにこりと笑った。


「そこの貴方、ちゃんと見ておくのよ。いざという時の証人になってもらうのだから。他の野次馬はさっさと出ていきなさい」

椿の近くにいた青い三つ編みの髪の女性が指を差されて慌てながらも、ずり落ちた眼鏡をかけ直しながらそれを了承した。
そこから僅かな時間が経過し、私と椿、そして巻き添えを喰らった眼鏡の女性がそれぞれ隅の方へと引き下がる。
中央の開けた場所には珀と杳さんが互いの視線を交えて立っていた。
杳さんはあくまでも上辺だけの微笑みを浮かべ、珀は仏頂面のままで二人共何を考えているのか私には読み取れなかった。

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