[携帯モード] [URL送信]
貴族と世間知らず
「何って言われても……」

特に思い当たる節がない。
確かにこのテーブルに誰も座ろうとしない違和感ぐらいは気付いていたが、その理由を私は全く知らなかった。
第一そんなことも知らずに座るなと言われたとしても、私は納得しなければ動く気になんてなれない。
再び無数の視線がこちらに集まっていた。

「あんた、ほんとに何も知らないのか?」

突然上から声が降ってきて、思わず両肩がビクッと跳ねた。
杳さんと同年代くらいかと思われる男性がアクアマリンのような水色をした自分の長い揉み上げをくるくると人差し指で巻きつけながら、もう片方の手で私が座っている椅子の長い背もたれに片手で頬杖を突いていた。
私の座高はこの背もたれの三分の二くらいなので、彼との距離はそれ程近くもない。
ぽかんとしている私と目を合わせると、相当な間抜け面だったのか彼はふふっと上品な笑い声を漏らして私をじっと見ている。
見下されているように思えた私は不快感を覚え、彼に対して睨みつけてやった。

「何ですか貴方は」

単刀直入に質問してきたことが意外だったのか、男性の顔を支えていた肘がずり落ちる。
思わずこちらまで笑いそうになって、固く結んでいた唇が緩んでしまった。
男性はそんな私の仕草にムッとしたのか、目を細めて不快そうな表情を表に出した。
しかしそれでもじっと見ている私に、遂に彼は深く溜息をついて語り出した。

「まさか知らない奴がまだいやがったとはな……俺は椿嬢の相棒」

「違うわ」

椿というらしい女性が巻かれた髪を一度後ろに払ってから彼を指差す。

「彼は私の奴隷……私が彼を『飼って』いるの」

「え?」

何だこの女王様気取りな奴は。
あたかも自分が偉い人であるかのような態度に私は嫌悪感を覚えた。
正直男性においてもこんなことを言う彼女の肩を持つなんて、どうかしてると思った。
すると傍らにいた男性がもう一度深く息をついて、私の椅子からようやく手をどけた。

「椿嬢はツァーリ国内で現在知られている中では、最も裕福な家系の一人娘だ」

男性が言うには、彼女の先代は軍事企業を立ち上げて武器を開発し、それらを国に売り捌いたことによって巨万の富を得たという。
また彼女の親は現在軍事企業の社長で、その会社は現在も国から届く多数の注文を受け付けているお得意様なんだとか。
彼女は後継者としての位置にあり、彼女に仕えている人も沢山いるらしい。
ということは、きっと彼もその内の一人だろう。

「幾等お前でもこれくらいは分かるだろ?より身分の低い者が歯向かうと、どうなるかが」

私の国には奴隷を持つことは一般的に禁止されているし、国民一人一人に自由が約束されている。
普通こういったことはあってはならないことだ。

でも此処は、ツァーリ国。
私にとっての常識がまかり通る場所ではなかった。

[*前へ][次へ#]

23/35ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!