魅惑の紫水晶
「あれ……」
修理してもらおうと思ってとりあえず部屋を出たのはいいが、ひたすら歩いても管理室が全く見えてこない。
一度来た道なら迷ったりしないという自信はあったのだが、さっきの二倍くらいの距離を歩いている以上そろそろ怪しいと疑うべきだ。
この世界に来てから休むこともなかったからか、今更ながら体が鉛のように重く、げっそりしてきた。
ずっと足元を見ているせいで、視界には廊下の大理石以外に何も映っていない。
ふと耳に沢山の人の騒ぎ声が入っていたことに気付く。
前を向いてみると突き当たりの壁が見えていてその付近はうす暗く、代わりにネオンのような光が一室から漏れていた。
「あれが管理室?いやまさか、ね…」
こんなに落ち着きのない管理室は見たことがない。
だがそんな不安も、すぐに消え去った。
「……何あれ」
その部屋から顔の赤い男性が二人と、鮮やかな色の着物を身に纏った女性が出てきた。
とはいえ流石に雪国だからか、女性は中に首を覆う衣類を着ていて防寒しているようだ。
「またのお越しをお待ちしております」
「あぁ絶対行くからな!待ってなよ姉ちゃん!」
……どうやら此処は子供が来るような場所ではなさそうだ。
そもそもゲーム内でこんな場所があったことも知らなかった、というかあっていいのかこれは。
ちなみに男二人組においては酔っ払っているのか、覚束ない足取りで終始にやにやしている。
こんな人達に管理室の場所を訊きたくない、むしろ関わりたくないと思う。
しかしその男達と突然目が合ってしまった。
「げっ……」
ついじっと観察してたせいで、うっかりしていた。
案の定酔っ払い達は私の元まで途中よろけたりしながらも足を進めてくる。
「さっきから何見てんだコルァ!」
お酒の独特の臭いがきつい。
咄嗟に鼻を摘んで、それから返答しようとしたが、その行動が気に喰わなかったのか更に眉間に皺を寄せてきた。
ちょうどその人の髪が真っ赤なので、顔全体が見事に熟した林檎のようになっている。
笑ってしまいそうになるが、その感想は早いうちに心の中に閉まっておいた。
「此処での諍いは控えて頂けませんか」
すると、先程の女性が私との間に割って入ってきた。
改めて見ると杳さんにそっくりで、髪色や背丈も同じくらいだった……髪は簪(カンザシ)で結い上げられているから確信は出来ないけど。
この花魁さん――なのかは分からないが、案外あの人と双子じゃないかと思う。
「まだ足りないようでしたらお相手をなさいましょうか?……私で良ければ、ですけど」
一瞬この女性からただならぬ気配を感じた。
しかし酔っ払いはというと、その空気すら読めない状態にまで酔っているのか、互いに頷き合うと、女性の肩に手を回してきた。
「あぁ、もう暫く付き合ってもらおうか姉ちゃん」
再び上機嫌になり、結局彼等はふらふらしながら先に戻っていった。
「……あの」
その姿を確認し終えた女性は呼びかけた私の顔を見て、困ったような表情をする。
「此処は貴方のような人が来る場所ではありませんよ」
その表情すら正直に言って、美しいというのだろうか。
少なくとも私のようなひねくれ者に比べれば、十分綺麗だとは思う。
だが何というか、初めて会った人だとは何故か思えない。
少なくとも、私は何かに惑わされている気がする。
「す、すみません……道に迷っちゃって」
改めて彼女を観察すると、やはり背丈がとても高い。
もしかしたら珀や杳さんを越えてるかもしれない程だった。
「どちらへ行かれるおつもりだったのですか?」
「あっ管理し……」
尋ねられたからその行き先を告げようとすると、誰かに二の腕をきつく掴まれた。
途端に彼女の表情がさっきまでとは別人のように、怪訝なものに変わる。
「此処で何をしている」
振り向くとそこには珀が訝しむような眼差しで、私を見下ろしていた。
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