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ショートコント3
恋という名の海に突き落とされて、僕はどんどん溺れてく





 拝啓、愛しい君さま。
 元気でいますか? しばら
く会えなくて、ぼくはとても
寂しい。寂しくていまにも海
底ふかくまで沈んでしまいそ
うです。大丈夫、ほんとうは
なんとか生きているから。

 ぼくはいま、海沿いの町の
小さなログハウスに住んでい
る。静かなところです。毎朝
かもめの鳴き声で目が覚めま
す。いいところだけど、少々
不便なところではあります。
コンビニに行くのにも、車で
一時間はかかるし、嵐がよく
くるので、そのたび電気やら
ガスやらがストップしてしま
ったりします。嵐はよく来る
のにひとはめったに来ない。
ひとよりも嵐のほうが多いっ
てのも、まったくヘンな話で
すね。
 めったに見ないひとのすが
ただけど、逆にひとのすがた
が見えたりした日には警戒せ
ねばなりません。なぜなら、
大きな声では言いにくいんだ
けど――いちぶの人間のあい
だでは、このへんは絶好の自
殺名所らしいのです。迷惑な
話です……と、ぼくはべつに
何もこんな話をするために手
紙を書いてるんではなかった。

 話をもどそう。
 と、まあこんな風に毎日気
ままな生活を送ってるわけで
す。晴れた日には、ジューサ
ーで大量にピニャ・コラーダ
をつくっては、文庫を片手に
テラスにでて一日を過ごした
りしています。本のページは
ぜんぜんすすみません。なぜ
なら、本を読むあいだじゅう
ずうっと、君のことばっかり
考えているからです。
 雨の日には絵を描きます。
それから君あてに手紙を書く
わけですが、いまのところ君
のもとにはまだ一通も届いて
ないだろう。ぼくの家から最
寄りのポストまでは、コンビ
ニとおんなじ車で片道一時間。
けれど、出せない理由はそれ
だけじゃないよな。臆病なぼ
くをどうか笑ってほしい。そ
してどうか許してほしい。
 もしこの手紙たちが100
通になったとき、ぼくはそれ
らを燃やしてしまうだろう。
そしてその灰を、この壮大な
海に撒きます。そうすると、
手紙はどこに届くと思います
か? それはきっと、君の心
に……なんて自分だけに都合
のいい空想ばかりしているわ
けです。
 おかしいな。以前はもうち
ょっと女の子にたいして器用
に振る舞えたんだけどな。こ
このところ、まったく不思議
なことばっかりです。どうし
てぼくは、君から離れてこん
な淋しい場所に住んでいるん
だろう? どうして絵なんか
描いたりするんだろう? ど
うして手紙をポストに入れる
ことができないんだろう?

 おそらく、ぼくは自分が思
っているよりもっともっと、
君にうしろめたいんだと思う。
まったくだめな男だ。

 美しい君。ぼくはこわかっ
たんだ。君はまるで海のよう
なひとだった。
 その海にはね、底がないん
だ。何者かがぼくをその海に
突き落とす。それでも前まで
はその海を上手に泳ぐことが
できた。けれどそれが突然、
ホント何の前触れなくできな
くなってしまった。あたりに
ひとの気配はない。ぼくは泳
ぐことも助けをもとめること
もできず、酸素のない水のな
かでもがいてもがいて、ごぼ
ごぼと沈んでいくようだった。
 こわかったんだ。ほんとう
に底なしの海がどれほどのお
そろしさなのか、きっと君は
知らないでしょう。たぶんぼ
くだってまだ知らない。知り
たくなかった。そこにあるの
は絶対的な絶望と終わりだ。
それだけだ、ぼくにわかるこ
とといえば。

 最終的に、なんだか君を責
めるような文になってしまっ
た。けっして誤解しないでく
ださい。ぼくは君を恨んでい
たりおそれていたり、そんな
のじゃないんだ。ただぼくが
弱かっただけ。

 なんだか長くなってしまっ
たな。ではこのへんで。



 PS、いつか君のもとに、
この海にかえれる日がくるの
をのぞむ。





 恋という名の海に突き落と
されて、僕はどんどん溺れて
いく/fin.
 タイトル by/カカリア



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