[携帯モード] [URL送信]

ショートコント3
ペンギンくん南極を目指す





 夢のなかで、ぼくはペンギ
ンくんに拳銃をつきつけられ
ていた。黒塗りのそれは、鉄
の塊というよりも不幸や絶望
の塊に見えた。

「騒がないで」、とペンギン
くんは言った。ぼくはアパー
トの階段を降りてバイトに出
かけるところで、彼は足のツ
メで、階段の手すりに器用に
つかまり立っていた。左側の
脇腹あたりに、鉄のひやりと
した感覚がある。とんでもな
い事態だった。ここは日本で、
拳銃を持つことは一般的に禁
止されているし、ましてやそ
れを所持している人間に遭遇
してさらに突き付けられるな
んてことは、とても非日常的
なことである。そして何より、
ぼくをそんな事態に巻き込ん
だ犯人に問題があった。彼は
ぼくの膝の高さくらいの、身
長……いや、全長50センチ
ほどのペンギンなのだ。

 ペンギンくんは、みずから
を「ペンギンくん」だと名乗
った。何が目的なんだ、とぼ
くは混乱と困惑からうわずっ
た声で言った。ぎろり、とB
B弾のような目でぼくを睨む
ペンギンくん。依然、拳銃は
ぼくの左脇腹あたりに突き付
けられている。

「ぼくを、南極に連れて行っ
てください」

 毅然と彼は言った。

 ――南極?

「南極?」

 ぼくはびっくりして聞き返
した。そのとき、階段をのぼ
ってくる誰かのこつこつとい
う足音が聞こえた。「やばい
!」とペンギンくんは小さく
叫び、ぱっとぼくから離れる
と、すばやい動きで手すりか
ら飛び降り、軽やかな身のこ
なしで上に向かって去ってい
った。



 *



 翌日もその翌日もおなじ夢
を見た。夢のなかでペンギン
くんは、ぼくに理不尽な要求
を続けた。

「南極へ連れて行け。さもな
いと、この引き金を引くこと
になる」

 それは決してただの脅しで
はないことは、ぼくにもはっ
きりとわかった。1日3日、
1週間と経つころ、とうとう
ぼくはあきらめて彼の要求を
のむことにした。
 そうして、ぼくの南極行き
が決まってしまったのだが、
翌日夢に出て来たペンギンく
んは、悲しそうな顔して言っ
た。

「シロクマくんが言ったんだ」

 そのときのペンギンくんの
顔が、いまでも目のうらに焼
き付いている。消え入りそう
な声。声が、というか、うっ
かりすると彼自身がすうっと
なくなりそうなくらい、彼は
悲しみに溺れていた。

「南極はとてもとても遠いと
ころなんだって。君には無理
だよって」



 それ以来、彼は夢に現れな
くなってしまった。シロクマ
くんが憎かった。そんないじ
わるなことばで、ペンギンく
んを悲しませるなんて、ぼく
はとても悔しかった。シロク
マくんを憎むのとおなじくら
い、自分が憎かった。いまで
も後悔しているのだ。もっと
はやく、うなずくべきだった
のに。
 ぼくはバイトを変えた。コ
ンビニ店員から土方の仕事に
慣れるのにはすごく時間がか
かったけれど、とにかく稼い
で、彼を南極に連れて行って
やりたいんだ。約束したから
ね。

 目を閉じて、最南端の寒さ
を想像する。ぼくみたいなひ
弱な人間の頬なんて、あっと
いう間に凍ってしまうんだろ
うな。
 その陸地で、海で、たくさ
んのなかまたちと嬉しそうに
はしゃぐペンギンくん。彼の
笑う顔が見てみたい。




[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!