[携帯モード] [URL送信]

ショートコント3
慈悲深い彼らが、もたらした暗い闇について





 彼女がダイムラーやベンツ
の恩恵のために命を落として
以来、僕は車を運転すること
が極端に恐くなっていた。

 だからといって、いくら東
京が車に不便な街だからとい
って、その日以来まったく運
転しない訳にもいかなかった。
 例えば、ある有名な教育者
の講演に学校を代表して出席
しなければならなくなったと
き。もちろん、都内は毛細血
管のごとき線路が巡らされて
いて、どこでも好んだ土地ま
で、それは僕らを運んでくれ
るだろう。けれどもその目的
地にたどり着くために、かな
らずしも電車が最適な交通手
段とは限られない。
 そんなとき、仕方なく僕は
最寄り駅のレンタカー・ショ
ップで車を借り、酷い吐き気
や目眩にぐらぐらしながらも、
目的地を目指した。



 人災ならまだいい。

 地震や落雷などで愛すべき
存在を亡くした遺族たちは口
を揃える。
 だが僕の場合、当事者はど
ちらも死亡しているのだ。憎
むべき対象は、間違っても加
害者の遺族ではないことくら
い、僕だってわかっている。
これでも教育者なのだから。
ただ、そんな時は――ぶつけ
ようのない、吸収しようのな
い茫漠とした怒りや憎しみに
押し潰されそうになった時は
――何もかもの動作も思考も
止め、その場に座り込み息を
吐いて、酷く暴力的な台風み
たいなそれらが、ただただ僕
の真上から過ぎ去るのを待つ。
「ただただ待つ」のだ。そう
して、それらが過ぎ去った後
には、悲壮感だけが残る。絶
望感、と言ったほうが正確か
もしれない。



 講演の後で、延々とつづく
暗闇をかき分け、僕は黙々と
運転をつづける。
 ヘッド・ライトが照らし出
した世界の隅に、誤って道端
に飛び出し、その結果可哀相
に亡きがらとなってしまった
かよわきものが映った。心の
なかで南無、と唱えながら
(別に仏教徒という訳でもな
いのだけれど)そんな時、つ
くづくと、僕は考える。

 →2



[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!