ショートコント3
プール・サイド
夏だからといって、いささか軽はずみすぎたかもしれない。やばいな、と反省したところですでに起きてしまったことなのだけど。わたしは火の上を走っていた。からだのなかでメリケン粉のようなものが、熱の恩恵にぷくぷくと膨らみはじめていた。そしてとうとう、とでも言うべきか、ある日をきっかけにして限界まで膨らんでいたなにかに、亀裂の入った音がしたのだった。
矢野くんはわたしが一週間前まで働いていた飲食店のバイトくんだった。
雛鳥みたいな大学生をつかまえて、好きになるつもりも、ましてや手をだすつもりもなかった、あの日偶然の再会をはたすまでは。よくある話だ。まじかわたし、とその軽率さに呆れながらも、挨拶をするみたいな自然さでそれを口にだしていた。
――君のこと、もっとよくしりたいんだけどな。
矢野くんは善良だ。ひょろひょろなよなよっとしていて、まるで弱そうなのに、意外にも肉食なのだった。健全でやさしい青年だ。あれやこれやと周りの気を察し取っては、ひとりで傷ついている。
こうなることはわかっていた。ちょうど昼のつぎには夜がくるように、悪夢のような高熱のそのあとには、なにもかもがなくなったかのような静寂がくる。愛だの恋だの、と言って大騒ぎできる歳はもうとっくに過ぎていた。
わたしは悪い女だ。けれど嘘はいちどもつかなかった。もし再び運命がわたしたちにいたずらをするのなら、わたしの抱える使命なんかほうり投げてしまおうとさえ思ったし、矢野くんのことは本気だった。でもわたしの誠実が彼にちゃんと伝わっていないこともわかっていた。
ベッドから降りようとしたわたしの腰に、矢野くんが腕をまわした。それがやけに子供じみた動作のようで、愛しいな、と思ったことは言わないでおこう。
よくある話だ――夏は終わろうとしていた。
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