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ショートコント3
うさぎ男



 うさぎ男はごく一般の人間が材料になっていて、その工場で彼らは「向上心」を植え付けられ、かわりに「堕落心・無気力」などのマイナス因子を取り除かれる。そして着ぐるみのようなふくふくとしたうさぎの頭部と黒いスーツを与えられ、一体のうさぎ男が完成する。

 この国からあらゆる不幸をなくすためには、まず大人たちが前向きでいなければならない。
 僕のとなりには今日もうさぎ男がいる。そして今日もうさぎ男は、この国に不必要な因子を取り除くため、成人男性ひとりひとりが持つマイナス要素のレベルを測っている。平均値は2〜3、というところで、4の状態が1ヶ月以上つづくと工場に併設している寮でしばらく生活しなければいけなくなり、仕事も学校も無期の休養を余儀なくされてしまう。復帰の目途が経たないか、あるいはレベル5に到達した場合は工場に送られ、翌年に成人を迎える人々のためのうさぎ男へと加工されることとなるのだった。

「ねえ」と僕はとなりを歩くうさぎ男にたずねた。
「この国はしあわせになりつつあるかい?」
 うさぎ男は寡黙だ。というか口がきけないのだ。

 そもそも不幸の基準、ってのは、いったいなんだ?

 この国がよくなったか否かで訊けば、答えは前者だ。
 景気は毎年向上をつづけているし、就職率は百パーセント。父親たちや、新成人たちが前向きでいることで、未成年者の犯罪も激減し、高校生の進学率も80パーセントを超えた。

「でもなあ」と僕は言った。

 薄っぺらい微笑みのしたで、日々僕たちは、うさぎ男に怯えながら生きている。工場に送られた人間たちの生活の穴は、その者たちについていたうさぎ男が埋めることになっている。うさぎ男は打ちのめされないし、落ち込んだりしない。犯罪だって犯さない。街には、平和とピンクの耳であふれている。

「誰も笑ってないね」
「……。」

 うさぎ男は黙殺した。

 出社したら、つねから気の弱かった部長の席にうさぎ男が座っていた。とうとうね、ととなりの佐藤さんが僕に耳打ちをした。

「山田部長、ここのところずっと顔色が悪かったもの」

 人間は不幸でいるときのほうが笑えるのでは、と最近になって思う。
 おかしな世の中になったものだ。人間は大きななにかを手にするとき、いつだってそれらと同価のなにかを失うのだと思う。いったい誰が考えたのだろう、うさぎ男さえいなかったら、僕らは不幸のままでいられたのに――ひっそり思う後ろで、うさぎ男はこの瞬間もしずかに僕らの不幸因子レベルを測りつづけている。


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あきゅろす。
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