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ショートコント3
幸福保管計画2



 今日、わたしの両親がそろってわが愛の巣にやってきた。

 夢、とはなんぞや、とわたしは思う。
 犠牲とは、価値とは。安定不安定とは? 正当不当とは?

 余計なお世話だ、とあたしはアパート中に響き渡る金切り声をだした。彼らは間違っている。不当なんてことばを使うのなら、彼らにそのままお返ししてやりたかった。
 吊り合い、と彼らは言った。わたしたちは吊り合いが取れていないのだと。


「ねえ」、わたしは銀色のちいさな海から目をはなさず、あのひとに呼びかける。

 ねえ、吊り合いって、どういう意味だろうね。

 うちの両親に頭からつま先まで否定され、あのひとはなにひとつ反論せず引き下がった。とても裏切られた気分だった。

 わたしはただ、このちいさな海を守りたかっただけなのだ。保身ではないけれど、ただこの生活を完成されたものにしたかっただけなのだ。ただこのささやかな世界に封をしたかっただけなのだ。それのどこがいけないのだろう? それのどこが不当なことなのだろう?

 ときどきあのひとといると、酸素が足りなくなる。どれだけ体温を感じても、どれほどの愛にくるまっていても、不安でたまらなくなるときがある。
 信じていないのではなくて、わたしたちはお互いをあまりにも信じすぎてしまうのだ。気が遠くなってしまいそうなほど、無限に幸せすぎるのだ。わたしはあのひとのことがわからなくなり、あのひともわたしを見失ってしまう。せまい世界がゆえ、接近しすぎてすれ違ってしまう。


「大きなさ」
「ん?」
「この部屋くらい大きなさ、貝殻があったらいいな、って思わない?」

「どういう意味かな?」キッチンに立ったわたしの足元に座り込んでいたあのひとは、読んでいた雑誌から顔をあげてやさしくたずねた。
 それだけでもう、わたしはかなしくてたまらなくなる。


 わたしは今日すでに二度も泣いた。
 いちどは母たちのまえで、二度は彼女たちが帰ったあとで。


「……かたちにならないものって、そんなに価値のうすいものなのかな」

 あのひとは答えなかった。かわりに立ち上がり、わたしのうしろに立つ。そしてその上質なタオルケットみたいな包容力であたしを抱きすくめてしまう。
 泣かないで、と彼が心から心へ、語りかけてくれたのがわかった。わたしはそれでやっと、かわいそうなあさりたちから目をはなすことができたのだった。

「かたちなんて、たいした問題じゃない」とあのひとが言うものだから、なお泣けてくる。
「僕らは、出会えたことに意味があるんだよ」

 それはさきほどの台詞とまったくおなじものだった。両親が帰ったあとで、延々と責め立てて泣きわめくわたしに、あのひとが言った台詞だ。何度でも言うさ、とあのひとが言っているのだとわかった。

 何度言われても、となるだけ声の震えをおさえてわたしは言う。

「わたしはここから出ていったりしない」

 あのひとがうなずいてくれたことがうれしかった。



 ほんとうは、出会ったのとおなじ時にして悟っていたのだと思う。
 はじめて目を見たときに、はじめて手をつないだときに、このアパートを見つけたときに、わたしたちにはちゃんとわかっていた。

 結婚なんて、便宜的なものだ。とるにたらないものだ。かたちになんて、たいした価値も保証もない。
 わたしたちのより所はここにしかないし、ふたりが手をつないだのならどんな場所にだって泳いでいける。気持ちひとつで世界は果てしなく広がっていくし、1Kほどもある大きな貝殻なんてこれっぽっちも必要ない。



 この幸せを閉じこめてしまうことになんて、なんの意味もないのだ。
 価値というものがあるのだとしたら、出会ったことにしか、そんなものは存在しないのかもしれない。





 幸福保管計画/fin.
 title by/ カカリア




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あきゅろす。
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