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ショートコント3
白けた空の下で、僕は静かに睡魔とたたかう





 眠れない夜が続いている。
夜通し、意識がらんらんと冴
えているのだ。
 ピークは、だいたい夕方の
五時過ぎ。一般的な会社勤め
の僕が、そんな時間に眠って
いいはずもなく、ある日は厄
介な残業を消化しつつ、ある
日は乗車率百パーセントを越
えそうな帰宅ラッシュの電車
に揺られつつ、奴――睡魔と
僕は日々戦う。そして勝利す
る。そして、今夜も眠れなく
なるわけである。

 義務的に潜り込んだ布団の
なかで、事のはじまりを、僕
がはじめて眠れなくなってし
まった日のことを、ぼんやり
思う。
 同期の女の子に持ち掛けら
れた悩みについて、僕は知っ
た風な顔で答えた。
「大事なものをひとつ捨てな
きゃいけない? 簡単なこと
さ。優先順位をつけてやるん
だよ。ふたつを並べ、それぞ
れの優れている点と悪い点を
ノートにざっと箇条書にして
やるんだ。いい点が悪い点に
どのくらいの差を開けている
か――その差が大きいほうが、
より君にとって優先的に大事
にしてやらなくちゃいけない
ものだよ」、簡単なことだよ、
と僕は言った。
 彼女には、ふたりの恋人が
いた。しかし白黒はっきり決
めなくてはいけない、悩みあ
くねた結果、特にたいした接
点もない僕みたいなのに相談
を持ち掛けることにしたらし
い。

「簡単なことだよ」、布団に
くるまり、僕はつぶやく。
 簡単なことだった。それは、
たとえ僕じゃなくたって与え
られる程度のアドバイスだ。

 ――どうして、あんなこと
言ったんだろう――

 布団を頭からすっぽりと被
り、僕は悔しさに全身を震わ
した。
 実のところ、僕も彼女が好
きだったのだ。僕にあとすこ
しの強引さと華やかさがあっ
たのなら、きっと言ったに違
いない。そうに違いない。

「つまらない男たちさ。ふた
りとも捨てちゃいな。そして
俺と付き合うべきだ」

 バカバカしい。カーテンの
向こうで、僕のことばにシラ
けた空が、明るさを取り戻し
はじめる。ネオンまみれの街
が、よからぬ何かから身を隠
すかのように、一斉に光りを
消し去った。
 睡魔が、十二時間振りにが
戦いを挑んで来た。二十三時
間も踏ん張ってすり切れた僕
に勝ち目はない。あっさりK
O負けだ。

 よかった。しばしの空白に
身を委ねよう。忌ま忌ましく
厄介な思考も、その時はきっ
と、静かに途絶えるのだろう。



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あきゅろす。
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