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ほんとうの敵はすぐそばに2





「なあ、」
「やだーヒロ、汗まみれじゃ
ーん」
「凄っげあちーんだよ。な、
うちわ貸して!」
「いやーあたしたちだって暑
いもんねえ」
「ねえー」

 またはじまった。かしまし
い女子たちの群れの中央に、
みずから突っ込んで行くなん
て、ほんとうに物好きな奴。

「マジで頼むってえ――暑く
て死にそうなんだよ!」
「あたしたちだって暑くて死
にそうだし!」
「いやだし!」
「あはははは」

 女子って不思議だ。あいつ
らの「嫌」は、まったく嫌が
っているように聞こえない。
「何だと!」、と高杉は大袈
裟にのけぞった。

「貸してくんなきゃ、俺のこ
の汗まみれのタンクトップ、
なすりつけてやるー!」
「きゃー」
「やだー汚い!」

 俺はあくびをひとつして、
やれやれと机にからだを預け
る。突っ伏し、目を閉じるそ
のゼロコンマ何秒の世界で、
窓辺のあの子と目が合った。
 俺と目が合ったその0.1
秒後、彼女がふんわりと微笑
んで――俺に!――その瞬間
だけ、まわりの雑音も暑苦し
くからだに纏わり付く空気の
流れとかも、ぜんぶぜんぶ、
ストップしてしまったような
気がした。

 はっ、として顔をあげる。

 彼女はもう、こちらを向い
てはいなかった。からだがふ
にゃーんとなる――そう、俺
はあの天使に、恋をしている
のである。

「あ、篠宮さん篠宮さん!」

 ふにゃーんと机に再び顔を
預けようとしたところで、俺
は慌てて体勢を立て直した。

 ――篠宮さん?

 何だと? いち平民でしか
ないお前が、名前呼んでんじ
ゃねえよ。格が違うんだよ。
位が違うんだよ……!



 *



「それだけかよ」
「ホントうぜえんだよ」

 俺の話をとりあえず聞いた
伊藤は、ここで今日はじめて
俺の顔を見た。

「オチがないし」
「だって、超篠宮さん困った
顔してたんだぜ。殴ってやり
たいぐらいだった」
「やめとけよ。絶対お前負け
るから」
「煩せえ」
「貧弱田中くん」
「煩せえ」
「ド貧弱田中くん」

「お前もな」と中指を立てる
と、ピアノのフタに頬杖をつ
いて、彼女を思う。

「篠宮さんってさ」
「うん?」
「好きな奴いねーのかな」

 窓の外に目を向ける。ぷっ
かり浮かぶ綿雲は、彼女の笑
顔みたいだ。ふわふわで、ま
ったくの無害なのだ。もう、
ふっわふわなのだ。
「え、何お前」、とおかしな
顔した伊藤が怪訝そうにアコ
ギを抱えたまま振り返ったの
は、その時だった。

「お前知らなかった?」
「え」

 え? 何を?

「何を?」
「てか何、田中って篠宮好き
だったんだ」
「おまっ、何呼び捨てしてん
だよ……! 天使だぞ!」

「言ってなかったっけ」、と
伊藤は頭をかきながら、だっ
てさ、と言った。
 言い忘れていたが、こいつ
も学年ではファンクラブが存
在するほどの人気っぷりなの
だ。バンド仲間として、実に
鼻が高い……



「俺たち付き合ってんぜ」



 ――はい?

「だ、誰と誰」
「俺と篠宮」

 そして、俺は悟ったのだ。
 真の敵は、高杉ヒロなんか
ではなかった。

「ぜ」

 そして、俺は決めた。

「――絶交だっ! バンドな
んかやめてやる!」
「ちょ、ボーカル誰がやるん
だよ」
「お前がしろよ!」
「あ、そうか」
「えええー! 納得してんじ
ゃねえよっ」



 ――顔がいい男を二度と信
用してなるものか、と。





 ほんとうの敵はすぐそばに
 /Fin.
 テーマ/「田中から見た彼
 ら(sneeze)」
 キャスト/田中(誰?)×
 ヒロ×伊藤

 by/ghm.
(かわいそうな、田中くん)






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あきゅろす。
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