[携帯モード] [URL送信]


それでも彼は綺麗に笑う
*一八万打記念
*ED2




そこに広がっている光景はいつか見た光景とそれほど変わらない。
視点が変わっただけだ。
無数の屍に立ち見る景色というものは、立つ側にしてみれば大したことはないらしい。
あちこちで上がる火の手と呻きと、闇と赤に埋め尽くされた空間は、シキの心を動かしはしなかった。
あの男が、どうとも思わなかったように。




「こんなものか」




素手でやらなかった上、一人だったせいか、あの男より時間はかかってしまった。
この中にあって友軍以外にまだ息をしている、わざと生かしておいた人間に携えていた刀を突き立ててしまえば、大規模な処分は終了した。
可哀想に、体を貫かれながらまだ生きている男は、偶然でもシキの体を傷つけることに成功していた。
まだ血に振り回されている、ということか。
御しがたい力も、行き過ぎてしまえば飲まれることになる。
恐らく、そのコントロールを完璧に行えるようになった時こそが、完全なる勝利なのだろう。
そしてそれも、そう遠くはない。
珍しく口を歪ませて笑ったシキは、屍の山から下りた。
刀を回収するころには、男は力尽きていた。
部下達はどれもこれも間抜けな顔をして立ち尽くしていたが、その中にあって嫌に目をぎらつかせている人間がいた。
シキはそれを確認して、ますます笑みを深めた。
連れてきたかいがあったというものだ。




「閣下」




瓦礫を縫って走り寄ってきた男は、先程の光など微塵も感じさせず、羨望の眼差しを向けてくる。




「汚れるぞ」




シキは笑ったものの、アキラは構わずシキの刀を恭しげに受け取った。
すっかり血に濡れて、あちこち赤くなってしまっている顔も、拭う。
そのさなか気づいたのだろう。
目を見開いたアキラは、それでも動揺をひた隠そうと努力を見せた。
視線の揺れからそれもすぐわかってしまったが。




「すぐ治る」




笑ったのに、アキラは指先についた血をまじまじ見つめていた。




「そうですか」




蚊の鳴くような声で言ったかと思うと、その指先をそろそろ唇へ伸ばす。
唇をわずかに上げて、舌先が見えるか見えないか、というタイミングで、反射的にシキはアキラの頬を叩いていた。
文字通り、彼の痩身が吹き飛んだ。
彼の体は強化されていない。
ただの人間と変わらない。
不憫、とも、思わなかった。
構わず間合いを詰めて、瓦礫の中で咳き込む男の腹を踏みつける。




「誰がそうしろと言った」




アキラは答えられないらしい。
呼吸をすることすら苦しいのか、呻き、必死にシキの足に手を伸ばす。
このまま力を籠めれば骨は簡単に砕けてしまう。
この手だって。
それをわかっていないのだ。




「俺がいつ命じた」




足を外してやると、また咳き込む。
そこでやっと、シキははたと我に返った。
久々の戦場でこちらを気が立っているのかもしれない。
苦笑した彼はかがみこみ、優しくアキラの髪を撫でた。




「主を心配することは構わんが、妙な真似はするな」




アキラはまだ呼吸が苦しいようだったが、微かに笑んだ気がした。
遊びでも、傷を作らないほうがよさそうだ。
シキは内心嘆息し、アキラの胸倉をつかんで立たせる。
この所有物のことだから、これ以上の傷を作ったら自刃しかねない。




「帰るぞ」




シキはそう言いつけて、戦場を後にした。
己の中に息づく化け物とどう折り合いをつけていくか、それはまた考えることとした。











それでも彼は綺麗に笑う






[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!