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狡猾の手引き
*一八万打記念
*ED3





この城は脆い。
殊、王のいない間は特に。




アキラはぼんやり窓から外の光景を見ていた。
こういうものを人海作戦だとか、物量作戦と呼ぶのだと、何かで見た気がする。
外部からいくらでも湧いてくる人間に押されて、こちら側の人間はどんどん数を減らしている。
そこら中に散らばった死骸からは、その人間の在りし日など分かりはしない。
廊下の騒がしさなど気にせず、彼は熱心に庭を見続けた。
これが終わりだというなら、少々物足りないというのが本心だった。
いくら王でも、根城を落とされてしまえばたまったものではない。
暫くの間身を潜める筈だ。

では、彼はどうなる。

そこまで考えてアキラは自嘲した。
逃げる方法はいくらでもあった。
それを実行しないで、律義にここにいるあたり、シキの言うとおり頭の中に何もないのかもしれない。
勢いよく開いたドアの向こうに武装した人間が見えた。
彼らは少し戸惑い、ついで、生存者、と声を発した。
彼らにしてみれば、こんな城の部屋の中で痩せ細った青年が一人、衣服も碌に纏わず転がっていたら何らかの暴行が加えられた捕虜だとでも思えたのだろう。
暖かい上着を掛けられ、心底心配そうに声をかけられながら、抱え上げられるように外へ出る。
こうして可哀想な人間が外へ出され、生き続ける。




「シキ」




嫌だな、と思った。
思った瞬間、どこかで誰かの叫びがした。
けたたましい声はどんどん広がっていく。
最初は門のほうからかすかに聞こえていたそれが、次第に場内にやってきて、もう角を曲がればすぐ音源がいるような状態になった。
部屋に戻るよう、見知らぬ誰かの必死の声に小首をかしげて、アキラはそこに立っていた。
誰が来るかなど分かり切っていることだから、わざわざ隠れても仕方がない。
それにきっと彼は、怒っている。
隠れたりしたら叩かれてしまう。

果たして、彼は姿を現した。
珍しく頭から血をかぶって、けれども殺し合いに高揚するでもなく、いつものようにどこか、倦んだような目をして。





「シキ」




水たまりを踏みつけてアキラは駆け寄った。
腕を掴んでも、彼はアキラを見ない。
視線を隙なく走らせて、まだ敵を探しているようだった。




「もういないよ」




そう言ったところでシキはそもそも誰も信じていないから、邪魔だと言わんばかりに突き飛ばされた。
思わずしりもちをつく。
彼の、アキラを見下ろしてくる視線は恐ろしく冷たかった。




「なにもしてないのに」
「どこへ行こうとした」
「あいつらが勝手に」
「それが望みならそう言え。好きな所へ行けばいいだろう」




ああそう。
アキラは少々へそを曲げた。
どうせそんな真似、シキにはできない。
判っているから、元の部屋へ戻った。
この部屋だけは綺麗だったから、ありがたく使わせてもらうことにする。
ぺたぺた、廊下を歩いている最中、ふいに彼の足が止まった。



「来て」




このまま歩いたら、足を血で汚さなければならないではないか。
抗議も込めて少し強く足を踏み鳴らした。
シキは、やっとアキラを見た。
そこには先程までの怒りはもうなく、どこか呆れたような視線であった。




「お前は…」
「アンタが早く帰ってればこうならなかったんだ」
「俺の責任か?」




シキはそう吐き捨て、アキラの体を軽々抱き上げた。
毎回思うのだが、シキの膂力はやはり桁が違う。
誤って人間を絞殺したと噂されていたが、無理ではなさそうだ。




「ひと、減ったろ」
「すぐ集める」
「じゃあ今度はこっちも人海戦術をしなきゃな」




アキラの言葉に、シキは顔を顰めた。
そしてたった一言、好かん、とだけ答えた。













狡猾の手引き





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