[携帯モード] [URL送信]


やさしく刺す
*一八万打記念
*とらあなED





玄関のドアを乱暴にあける音が聞こえた。

またなにかやらかしたか。
いつものことである。

アキラは呆れつつ、シャワーを浴びていた最中であったから、適当におかえり、と言った。
それに答えたわけではないのだろうが、恐ろしく大きい音を立てて浴室のドアが開いた。
思わず悲鳴を上げたアキラのことなど気にも留めずに、シキはずいずい乗り込んでくる。

こんな映画昔見た。
あれはこの後どうなるのだったか。

ずいずい来るものだから自然と後退し、結果として空っぽの浴槽の中に逃げ込んだアキラへ、彼はいつもの人を見下しきった眼のまま言った。



「所有物の分際で、いいご身分だな」
「…アンタ頭大丈夫か」
「誰に物を聞いている」



全裸の男と冬でもないのにぴっちり着込んだ男が湯気の充満した浴室で対峙するというのも妙な光景だと思うのだが。
しかしシキにしてみればそんな光景など眼中にないらしい。
さらに一歩前進する。
アキラは、びしょ濡れのまま体だけ後ろへ下げようと努めた。



「何か話していないことはないか」
「は?」
「女だ」



女。
ああそうういえば、数時間前告白はされた。




「…告白された?」
「それで」
「で、って…断ったけど」



告白されたことは素直にうれしかったのだが、どういうわけか受けようという気にならなかった。
そこだけは伏せて伝える。
シキは妙に鼻息荒く、やたらぎらついた眼のままアキラを見ていた。
どうもこういうのはなれない。
慣れたくもないが。
しばしの沈黙ののち、急にシキは肩の力を抜いた。
なにやら物思いにふけっているらしい。
やっと危機が去ったかと、アキラは一息ついて立ち上がりかけ



「待て」



いきなり腕を掴まれたかと思うと、体ごと壁に叩きつけられた。
何をすると問いかけることもできなかった。
再び情けない悲鳴が口をついた。
どう考えても犯されると思った。
なにしろ目が本気である。
男が男をどう犯すかは知らないが、絶対に嫌だ。



「案ずるな、痛みは一瞬だ」



これはどう考えてもまずい。
痛くない痛くないと言って実際痛くなかったことなどなかったではないか。
それほど長くは生きていないけれども、様々な出来事が走馬灯のように駆け巡った。
碌に知りもしない男に付きまとわれ、気が付いたら同棲しているわストーキングされているわまともな生活ではなかった。
その上男に犯されるなど。
思わず泣きそうになったアキラは近づいてくる顔にきつく目を閉ざした。
せめて意識が飛ばせたらよかったのだが。
そんな風に思っていた最中、またいきなり顎を掴まれた。
そして、噛みつかれた。
甘噛みなどという生易しいものではなく、皮膚を断ち切られるかと思った。



「今から首輪を買ってきてやる」



うれしいだろう。
シキはそう笑い、浴室から出て行った。
取り残されたアキラは、しばし呆然と噛まれた箇所を鏡越しに見ていた。
やがて、彼は我に返った。
綺麗に歯型通り鬱血している。
それを確認した瞬間、アキラは手近にあったシャンプー容器片手に浴室を出た。
そして、なにごとかにやにや喋っている男の口めがけて、容器の中身をぶちまけた。












やさしく刺す




[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!