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泣いている気がして



ここでいいだろう。
そう見繕った塒は、一人で使うには広すぎた。
しばしアキラは渋い顔をしたものの、もう夜は深い。
移動は、それなりのリスクを伴う。
仕方がないと割り切って、荷物をベッドに放る。
一人分になった荷物は、一人分のわりに重かった。


仕事の絡みで、暫く一人になる。
そう言われてもあまり実感が沸かなかったアキラだが、改めてがらんとした塒に立つと、どうにも落ち着かない。
もう何年も一人ではなかった。
こうしてぼんやり突っ立っていると小突いてくる手がない。
慣れとは恐ろしいもので、誰もいない空間にここでいいかと確認の声すらかけてしまった。
一人で清々するはずだったのだが。



「…面倒だな」



ぼそりとアキラは呟いた。
これでは仕事をする際も、背中を預ける相手がいるような気がしてしまうかも知れない。
ただ、シキはそういうことはなさそうだった。
そこらへんが未熟ということだろう。
そんなことを考えながら、味気ないソリドを不味そうにぼそぼそ食べていたら、連絡用にと渡されいた携帯電話が鳴った。
思わず番号も確認せず出る。
嫌がらせか間違いか、無言で切れた。
自然と漏れた嘆息に、また一人で愕然とした。
なにを期待したか。
よほど自分は毒されているに違いない。



「馬鹿が」



暇つぶしに世間話をするだけだ。
そう言い聞かせ、結局自分から電話を掛けてしまった相手は、心底見下しきった声を発した。
言い返せない。
思わず呻く。
シキは相変わらず一体どこにそれほどまで罵倒のバリエーションを詰め込んでいるのかわからないほど、流暢にアキラを罵る。
それになんとなく安堵を覚えている。
そう思った瞬間、アキラは言った。



「おかしいんだ」
「今更自覚したか」



シキはもうアキラを罵ることに飽きたらしい。
少し気だるげに続けた。



「素直になったのは、よしとしよう」
「素直ってなんだ」
「俺が恋しいのだろう?」
「アンタは俺と話してたんだよな?」



なんとなく、ただシキと世間話をしようと思っただけだ。
そう言いかけて、アキラは固まった。
確かにこの言い分では、シキの言う通りまるで孤独に耐えきれず掛けたように取られても仕方がない。



「自分を慰める餌でも欲しかったのか?全くお前は欲深」



皆まで聞かず、通話を切る。
その勢いで携帯を床に投げつけ荷物を蹴り落とし、とりあえず落ち着くのを待つ。
そうして、やっと気分が静まってきた瞬間、気にしたことは何より携帯が無事かどうかであった。









泣いている気がして





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あきゅろす。
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