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お守りします、死ぬまでは
・17万打記念
・黒執事パロディ





あの家の当主は血も涙もないに違いない。
一説によると高貴な血を継いでいるとはいうが、良くない血が入っている。
数年前の事故以来、気がふれた。




「だから嫌なんだ」




下々の噂の一つ一つに、彼は朝から耳を傾けていた。
朝食を摂りながらそれらは聞き終わるはずだったのに、気が付いたらもう馬車の中で、いまだに終わらないのだから困ったものだ。
アキラが表情を顰めると、手袋に覆われた長い指が、額から眉間を撫でた。




「本当にお労しい」




思ってもいないことを。
アキラは喉まで出かかった言葉を飲み込んで、代わりに執事の胸元を叩いた。
ついこの間までその当主は可哀想な子供として同情の只中にいたのだ。
それがいきなり変わるということは考えにくい。
こういうとき表面上何の問題もない、一見無害そうな人間相手は厄介だ。
やりにくいことこの上ない。




「発育不良のやせっぽちは、当たらずと雖も遠からずですが」




傍らに控えた執事は、薄く笑った。
その体に向って物を投げるような真似はしない。
この男はそんなものよけてしまうし、マナーに反する。
だからアキラは代わりに、もっと傍に寄るよう手で招いてから言った。




「良いというまで口を開くな」




執事は相変わらず笑う。
彼は普段から、眉目秀麗を絵にかいたような顔に、いったい何がそれほど楽しいのかというほど、いつもにやにや笑いを張り付けている。
アキラにとってはとてもではないが好ましいと思えないそれは、なぜか貴婦人方の目に留まる。
周囲の視線がなにやら視線が刺々しいのはこの男が何やら吹き込んでいるからではないかと、半ば本気でアキラは思っていた。
考えるのも面倒になってきたアキラは、沈黙に満たされた馬車の中でつぶやいた。




「着いたら知らせろ」




言われたことは忠実に従うらしく、執事は黙ったままだ。
それにも少々腹を立てながら、アキラは目を閉ざした。




彼は、あのときから本当に美しい顔をしていた。
今より少々長かった黒髪から見えた赤い目が、まっすぐこちらをとらえる。
これが天使だと言われたら、どれだけ心が楽だっただろう。
それでも、たすけて、と訴えた瞬間、彼は先程までの綺麗な笑みが嘘のように表情を変えた。
だから、ああやはり彼は呼んではいけない存在だったのだと、悔やんだ。




気が付いたらアキラはシートに体を横たえていた。
普段離れない男の姿もない。
そして奇妙なことに、馬車は完全に止まっていた。
窓から差し込む光も、たった数十分の違いにしては、強すぎる。
真昼のような。




「これは、丁度よかった」




不意に馬車の戸が開き、執事が顔を出した。




「僭越ながら、今回の昼食会の参加は見合わせたほうがよろしいかと」
「…そうか」




アキラは顔をしかめて、視線を外した。
わずかに見えた外の世界は、出ていい状況では無かった。
匂いもする。
まだ、得意ではない。




「お家柄でしょうね」




執事は笑い、少々寝乱れた髪型を梳いて整えたかと思うと、次はタイ、次は羽織っていたジャケット、といったふうに体の隅々に触れて、最後に大仰に肩をすくめて、アキラの胸に手を置いた。




「幼き当主殿は、身を守る術を知らぬので」




裏社会に大きく根を張るこの家も、確かに当主が15にも満たないのでは形無しだろう。
だから早く大人になりたいとは思う。
思ったところで、この小さな体は思うような成長の仕方をしないのだけれども。




「なら、お前が盾だ」




アキラはそういいながら、執事の胸に刺さったままだったナイフを抜いた。
血は出る。
しかし死なない。
当然だ。




「出来るだろう、従僕」




これは人間ではない。
契約をあの日に結んでしまった、悪魔だ。
契約に則って、魂を食らう。
そのためだけに、これはここにいる。




「御意に」




頭を垂れ、恭しく手を取り、甲に口づける。
顔は見えないけれども、彼は笑ったようだった。













お守りします、死ぬまでは




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あきゅろす。
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