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一声だけの逢瀬
・17万打記念
・とらあなED



仕事の絡みで暫く別行動になる。
そう告げた瞬間のアキラの顔は、それは面白かった。
これから捨てるといわれた動物のような顔であった。
あれはなかなか見ることができない、本当に情けない面だった。
それを思い出しながら、シキは見繕った塒の古い机に紙袋を置いた。
何かと口うるさい男がいなくなっただけで、ここまで気分が晴れるものか。
シキは珍しく上機嫌に、ソファへコートを放り投げる。
一人で使うには少々大きすぎる塒だが、かまうまい。



これで自由に行動できる。
そう思ったのも束の間、シキはとある現実に直面し、思わず顔をしかめた。
夕食を作ったまではよかった。
なぜか、二人分になっている。
よくよく考えてみれば買い込んだ食材も一人ならここまで必要ない。
そもそもなぜ、料理する必要がある。
保存食でいいのに。



「…ふん」



忌々しそうに鼻を鳴らし、シキは料理器具を放り出した。
そのうちひょっこりあれが眉間に皺を寄せながら現れて、食事を見るなり目を輝かせて食いついたなら、目の前の作りすぎた料理も瞬く間に消えるだろう。

いないのだが。

どうしてああも食事に対して貪欲で、そしていちいちこちらを煽るようにどことなく無垢なのか。
そのくせ時折酷く艶めかしい仕草をするのだから、判らない。
そんなことを考えながら冷めないうちにと食事を摂っていたら、ふと視界の端に携帯電話が映った。
連絡用にアキラにも渡した携帯電話だった。
鳴ったことは一度もない。
滅多なことでは掛けるなと言っておいたから当然だろう。
その、滅多なことでは使ってはいけない携帯を、気が付いたらシキは操作していた
そして我に返った時にはもう発信をした後だった。
この携帯電話に一つしか登録されていない番号に。



「もしもし」



声が、少しだけ上ずっている。
どことなく掠れて、甘い声音は変わっていないが、電話に出た経験があまりないせいだろう、緊張しているように思えた。
そんな風に感じた次の瞬間、シキは通話を切った。


何を馬鹿な真似を。


今いったい自分が何をしたか、思わずシキは頭を抱えて俯いた。
どうにもあの男とかかわっていると、自分がおかしくなるような気がしてくる。
トシマでもこんなことがなかったか。
シキはしばし固まり、やがて天を仰いだ。
とりあえず酒だ。
酒でも飲んで、気分を切り替えなければやっていられない。
そう己に言い聞かせた。


いくらか酒を飲んでいたら、少々気分が落ち着いてきた。
そんなときに、連絡用の携帯電話が鳴った。
雇い主かと思ったが、表示された番号に見覚えがあった。
シキは一度グラスを置いて、妙にゆっくり振動を続けるそれを取る。
そしてやはりゆっくり、通話ボタンを押した。



「…あ」



その声だけで、繋がってしまった、という感情が手に取るように感じられた。
あまりにも露骨すぎるその声に、シキは思わず笑い、言った。



「馬鹿が」
「馬鹿じゃない」



すぐさま言い返してくる声も、なんとなく弱い。
アキラはしおらしい部分もある。
あまり表に出ないだけで。
そういう意味では、今もしあちらにいたら格好のタイミングなのだろうが。



「…世間話、しようと思っただけだ」
「見え透いた嘘を」
「したくないならいい」
「我慢もできぬ駄犬が、どの口で言うかと思えば」
「もう切るぞ」
「切ってみろ」



シキは笑った。
電話の向こうの男は沈黙したままだった。
なんとなく、いつものように眉根を寄せて、しかしこちらも笑っているような気がした。












一声だけの逢瀬




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あきゅろす。
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