他
塞いでも響く
・17万打記念
・とらあなED
「寝ろ」
寝ろ、と言われても。
無表情のまま己の太ももを叩く男を前にして、アキラはただただ固まってしまっていた。
少し耳が聞こえにくいのだと、なんとなしにぼやいたらシキはすぐさま準備を整えてきた。
いったいどこからとってきたのか、綿棒にピンセットの消毒液に、何やら物々しい。
そして今度は横になれという。
そこでようやくアキラは、シキが耳の中の掃除をしてくれるのだろうという仮説に至った。
自分でするには限界がある。
厚意そのものはありがたい。
しかしなぜ、太もも。
「…そこの枕でいいだろ」
「逆らうか」
「どう考えてもアンタがおかしい」
別に見たいわけではないけれど、見る機会だけはやたらある。
だから判っているのだが、シキの足は服の上からもわかる通り無駄な肉はなく、そして予想以上に筋肉質だ。
どう考えても硬い。
そもそも、おそらくシキがしたいのであろう膝枕は適度に肉のついた女にやられるからいいものなのではないだろうか。
そんな経験はないし興味もないから推測の域を出ないけれど、目の前の男にやられたところで嬉しくもなんともない。
むしろ、首が痛くなりそうだ。
「俺がしてやろうというのにお前は」
「それは、まあ、ありがたいけど」
なら早くしろ。
シキはそう急かし、あまりにアキラが来ないからか段々と目が据わってきていた。
これはいくしかないだろう。
まだ健全な肉体と命は惜しい。
言われるまま、体をベッドに投げ出し、太ももに頭を乗せた。
思った通り硬い。
気持ちよくもなんともない。
以前宿泊した安宿の枕に似た感触だ。
「…枕がいい」
「聞こえんな」
「向き不向きって知ってるか」
「鼓膜を破られたいか」
確かに、もうこの体勢になってしまうと自分の聴力がどうなってしまうかはシキにかかってくる。
耳掃除の結果聞こえがよくなるどころか何も聞こえなくなったら笑えない。
普通の外傷ではないから、医者にも碌に罹れない身としては非常に困る。
「安心して身を預けていろ」
シキは笑いながら、アキラの髪を撫でる。
体を預けていい思いをした記憶がないアキラとしては、冷や汗ものの言葉だったが。
それから暫くは、ただお互い黙っていた。
シキは真剣に道具を使い、掃除をしているようだ。
横たわったままのアキラは、窓の下の壁ばかり見ている。
硬いと思った枕も、どういうわけかなじんできた。
なにより不思議と気分が落ち着いてくる。
こういうのも悪くないかもしれない。
そんな風にアキラは思い、目を閉ざした。
次の瞬間、珍しく声を上げたシキのせいで、その平穏も綺麗に消し飛んでしまった。
シキのくせに、なんだか間の抜けた、声。
「…アンタ何した」
「…問題ない」
「そうか」
アキラはシキの手を退かせて起き上った。
聞こえはする。
安堵の息をついたのも束の間、不穏な音が、聞こえた。
がさがさと、耳の中から。
「貴様が動いたから奥へ押し込んでしまったに過ぎん」
自業自得だと、シキは鼻で笑った。
アキラはとりあえず手元にあった刀を掴みながら、今度はどれだけ高額になっても構わないから、医者に診てもらおうと思った。
塞いでも響く
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