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ミディアムでよろしく。
*とらあなED





最初は、ほんの些細なことだった。
朝一番の小競り合いの最中、シキに言い放たれたひとことを払拭したいがため、わざわざ上着まで脱いでそこへ向かっていた。
シキに、出来ると言うことを見せつけなければならない。
心に決めてはみたが。


「………何でだ」


現実は、やすやすとはいかないらしい。
そう沢山確保できない卵は、早くも底をつき始めていた。
溶き卵を焼くだけ。
甘く見ていた己を今更悔やんだところで、あまりにも遅かった。

何度やっても、何故かフライパンにへばりつく。
そして煙が上がり、炭と化す。
取れない。

どうせ日常茶飯事の口喧嘩だったのだから、シキだってそれほど気に留めてはいまい。
アキラは短く息を吐き、フライパンを流しへ突っ込んだ。
皿の上の炭化した物体は後でどうにかする。
そう決めて、振り返った先。
出先から帰ってきたシキと、視線がかち合った。
まさかここまで早く帰ってくるとは考えていなかったアキラは、ただただ立ち尽くすしかない。
対してシキは、焦げた匂いに瞬間眉根を寄せた。

なにをしていたのかと、尋ねるつもりだったのだろう。
かすかに動いた唇は、結局音を発さなかった。
彼の視線は、簡易キッチンの上、白い皿に乗せられた黒い塊へ釘付けになった。


「なんだそれは」


当然の疑問を、シキは口にした。
この男を相手にして、沈黙を貫けるなど思っていないアキラは、ぼそぼそと答えた。聞いた直後のシキの顔を、頭の中でありあり浮かべながら。


「…卵焼き」


予想していた笑い声は、聞こえなかった。
シキは眉間にしわを寄せ、ひとしきり塊を睨んでいたかと思うと、今度はアキラを睨み据える。
ついいつものくせで睨み返すアキラへ、彼は言った。


「…お前は一体俺になにを、…いや、愚問だな」


勝手に自己完結するなと噛みつくより早く、シキが近寄ってきた。
上着と手袋を適当な場所へ放り、おもむろに手を洗い出した。
目を丸くするアキラの前で、シキは口を開かない。
普段口にする煽りすらなく、ただただ呆れ果てて物が言えないといった様子である。その視線が悔しいものの、言い返す言葉もない。
アキラはしばらく黙り込み、やがて恨みがましい口調で言った。


「粥は得意なんだ。…粥は」


言葉に対する反応すらなく、アキラは視線を泳がせながら、自分よりはるかにいい手捌きで卵を溶くシキを見ていることしかできなかった。





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