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しなやかな温度
*ED2





新年と言われたところで、アキラにこれといった心境の変化が生じるわけでもない。
国を動かす総帥は常に動き続け、結果として彼を擁する城も、休みの存在しない不夜城と化している。
昨晩も昨晩でやはり会談が押し、終わってみれば日付を跨いでいた。
そこから自分は寝る間も惜しんで書類整理を行い、今からシキを起こして、また会談。
仮眠は一時間程度だが、アキラは苦にならなかった。
シキの役に立てるならば、寝てなどいられない。
尤もアキラは、自覚なき仕事中毒である彼自身を、所有者がどう思っているか知らなかったが。


「失礼致します」


見えないと判っていても、扉の前で深く礼を取る。
それから室内へ入ったアキラを、赤い目が見ていた。
ベッドから身を起こしたシキの瞳には、いつもの苛烈な光が無かった。
起き抜けなのだろう。
ここ数日の激務が堪えたのか、上着だけを投げ出しそのまま寝入ってしまったため、シキのシャツは皺だらけだった。


「おはようございます、総帥」
「ああ」


淡々と返すシキは、ベッドから抜け出すとおもむろにシャツを脱いだ。
アキラはといえば、懐から取り出した手帳に目を落とし、今日の予定をつらつら読み上げていく。
元旦の挨拶とかで、来賓は多い。
そのくせひとつひとつに実があるかと言われるとそんな訳もなく、会話を流すだけで骨の折れる作業だった。
すらすら予定を読み上げいた声が、ふと止まった。
相変わらず皺だらけのシャツを纏ったシキの指先が、アキラの目元をなぞっていた。


「なにか」


手帳から上げた視線に飛び込んできたシキは、もう普段通りであった。
赤い目はうっすら笑い、唇もゆっくりつり上がった。


「酷い顔だな」
「は?」


とっさに、アキラは返答が出来なかった。
酷い顔をしているつもりはなかったが、知らず知らず表情が腑抜けていたのだろうか。
兎に角シキが言うのだから間違いはない。
とりあえず謝罪しかけたアキラの顎を掴み、シキは鼻で笑った。


「隈が、だ。伝わらなかったか?」

口調こそ揶揄するものであるが、目は笑っていない。
そんな所有者を前に、ただ凍り付くしかできないアキラの手を掴むと、シキはやすやすその体をベッドへ放り出した。
なす術もなく転がったアキラを見下ろして、彼は言った。


「一時間寝ろ」
「ですが仕事が」
「俺は休めと言った。聞こえなかったか?」


そう言われてしまうと休むほかなくなる。
腹をくくったアキラは上着を脱いで、まだシキの体温が残っているベッドの中へ潜り込んだ。


「新年早々、死人のような顔を晒してまで仕事をする必要もないだろう」


呆れ顔のシキは、ベッドサイドへ椅子を持ってきて、アキラの帽子をつまみ上げた。反論する権利を持たないアキラは、せめてもの抵抗に沈黙を貫くことにした。
とは言っても、毛布によってもたらされた睡魔に、長いこと寝ていない体が抗うことなどできるわけもなく。
ほどなくアキラは、シキの残り香に包まれたまま、昏々と眠ることになった。





しなやかな温度


 


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