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ブラッドオレンジ
*とらあなED





錆び付いたドアを開けた瞬間、シキの鼻を何かの匂いが擽った。
市場で時折見かける柑橘類独特の、それ。
誘われるまま室内へ進んでいったシキは、広がっていた光景に思わず眉を顰めた。
一つしかない机の上には、様々なものがぶちまけられていた。
何から何まで転がったまま放置され、いくつかは床の上で直射日光を浴びている。
この件の犯人は連れに間違いはない。
彼は服まで脱ぎ散らかし、シャワーを浴びている。
この気温では、そうしたくなるのも判らなくはないが。
刀を壁へ立てかけ、額から流れる汗を拭う。
帰ってきて間もないのだろう、まだかなり湿っていたTシャツを足で部屋の隅へ寄せた。
生物に日光を当てているわけにもいかず、仕方なしに拾い上げ始めたシキの動きが止まった。

匂いの元凶が、そこにあった。

橙は光に照らされて、より鮮やかさを増している。
掴んで鼻先に寄せれば、先程の匂いが広がった。
やや大ぶりな、オレンジ。
アキラが興味本位で買ってきたのだろう。
シキはそう判断した。
そしてオレンジだけでなくほかの物も拾い上げると、適当な場所へ詰めた。
粗方の荷物整理を終えた彼は、そこで気紛れを起こした。

まだアキラが出てくる気配はない。
なら今のうちに、剥いておく。

もし剥き終えても出て来なかった、食べ尽くしてしまえばいい。
シキは嫌な笑みを浮かべ、よく研がれた包丁片手に洗面所に立った。
普段通り切っ先を沈めた彼は、割れた実を見て少し目を細めた。

見知った色の果実はそこになかった。
赤い、血のような色をした果実が姿を覗かせていた。
ややあってから同じ色の果汁が溢れてシキの手を汚す。
あの甘酸っぱい香りは、より濃厚なものとなった。

「アンタ、なにして…」

シャワーからやっと上がったアキラは、目を丸くしてシキを見てきた。
その手に握られた包丁と果実にだいたいの状態を把握したのか、彼はため息をついて言った。

「…それ、冷やさないと不味いらしい」

聞いているのかいないのか、シキは包丁と果実を置き、アキラのそばへ歩み寄った。
まだ拭ってもいない濡れた髪をかきあげ、きつく睨むその姿に笑い、彼は指を突き出した。

「舐めろ」

逡巡は、そう長くはなかった。
舌先はしっかりシキの指先を捉え、滴る果汁を舐めとっていった。
アキラは甘いと、しかめっ面のまま呟いた。
それから付け加えるように言う。

「…鉄っぽい」

シキは珍しく、わずかに声を出して笑った。
怒気をはらんだ声が名を呼ぶより早く、その肩口に噛みつく。
暴れる体を押さえつけ、更に強く力を込めた。
滲み出した血は、濃さこそ違えどアキラが味わったものと変わらないのかもしれない。
尤もシキの中で、それはさしたる意味を持たないのだが。






ブラッドオレンジ


 

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あきゅろす。
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