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平穏の祈り
*とらあなED





裸の胸元に耳を押し当て、目を閉ざす。
夜でも煩わしい街の音は塒まで届かず、自然と聞こえるのは、呼吸の音と鼓動。
なにをするでもなくただそうしている時間は、シキに言わせると無駄らしい。
しかしアキラは、嫌いではなかった。
身長が伸びて、少し収まりの悪くなった体を委ねている間、本来ならおよそ得られるものではない平穏を得ることができた。
例えそれが仮初めであっても、アキラにしてみれば、充分過ぎる。

「よく飽きんな」

耳朶のすぐそばで、シキは笑いながら言った。
アキラは少し身じろぎし、上体を起こして、時折頬や額、項を啄む唇に、応える。
軽く、触れる程度のそれ。
決して深くなることはない。

「飽きないな」

至近距離の会話は、お互いの目しか伺えない。
それでもアキラは、柔らかく笑ってみせた。
普段あまりみせないその笑顔が見えたのか、腰に回されたシキの腕の力が少し強まった。
若干眉を顰めたアキラを宥めるように、額に唇が押し付けられる。
些細な仕草の中の優しさが、普段の彼からはかけ離れていた。
アキラはそれがおかしかったのだろう、これまた珍しく小さく笑い声を上げた。

「なにがおかしい」
「別に」

一通り笑って落ち着いたらしく、アキラは再び体を伏せさせた。
居心地の良い場所を少し探して、満足げに息をつく。
少しずつ下がっていく瞼の上へ口づけて、シキは差し込む月明かりに輝く銀の髪をそっと撫でた。

「寝ろ」
「…そうする…」

アキラは、それきり口を開かない。
規則正しく繰り返される呼吸と鼓動、重なった肌から伝わる少し高い体温を残して、一足先に寝たようで。
まだあどけなさの抜けない表情をしばし眺めていたシキは、ふと笑った。
ひどく穏やかだった。
今までの人生の中で、体験したことがないほど。
一人ではこうはならない。
傍らに、アキラがいるからこそ。
そう考えてしまうあたり、よほど毒されている。
そして、そんな時間も悪くないと思えてしまう己に自嘲し、シキは小さく息をついた。





平穏の祈り


 



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あきゅろす。
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